【決着！】

　白くたなびく泡の軌跡が、幾重にも弧を描き。降り注ぐ陽光を照り返して、美しく尾を引くのは、きらめくブルートルマリンの光！
　何頭もの真珠ザメたちを引き連れて、飛吹 勘助は荒い息と共に、ごぼりと泡を吐き出しながらも……それでも速度を緩めることなく、泳ぎ続けます。
「仲村渠さんや、みんなの、ためにも。絶対に、負けられない……！」
　人魚に姿を変えた勘助の泳ぎは素晴らしく、海中に棲む魚たちと比べても、全く引けを取りません。
　周囲では仲間たちの奮闘や、それに八神 修、二宮 風太の動かすラジコン潜水艦もまた、獰猛なサメたちの注意を惹きつけながら、彼を援護してくれています。
　急角度の旋回で鋭利な歯を避け、サメとサメの間をしゅぱんとくぐり抜け……と。
「っ！？」
　目の前に、ぐるりと回り込んだ別の一頭。前後を挟まれ、やむなく彼は急ブレーキ。
　全速全開で泳ぎ続けてきたものの、ついに追い込まれてしまった勘助へ……迫る真珠ザメ。追い詰めた絶好の獲物へ、飛び掛る虹色の魚体。開かれた顎が、勘助へと……、
「えええええいッ！！」
　ぼかん！　気合の一声と共に、唐突な衝撃に見舞われた真珠ザメは、痛みに悶えているのか、くねくねと身をよじります。
「い、痛ったぁ～！　サメは鼻先が弱いって、昔、パパに聞いたんだけど……真珠ザメの鼻って、思ったより固いのね」
「な……仲村渠さん！？」
　勘助を襲うサメの頭へ、思いっきりパンチを叩き込んだのは、仲村渠 鳴！
　拳をさすりさすり、警戒しつつ勘助に並びまして、
「あの子は大丈夫、ちゃんと安全なところに送り届けてきたから」
「うん……ありがとう。戻って、来てくれて」
　拳に感じる鈍い痛みに、鳴にとっての夢と現実はもう、ずいぶんと曖昧になってはいましたけれど。例えこれが夢だって……誰かが、友達がサメに食べられてしまうなんて、絶対に嫌だから。
　二人は瞳をひとつ交わすと、うなずいて、再び全力で泳ぎ始めます。水平に並んで、時には交差しながら……その後を追うように走る、二台のラジコン潜水艦とも連係して、彼らは一緒にサメたちを翻弄しながら導きます。
　誘導する先には、直接的な打撃力となる面々が待ち構えておりまして。
「来たぜ。油断するなよ、小倉！」
「了解であります、荒海さんっ！」
　勘助らが引き付け誘導するサメたちへ向かって、荒海 藤吾は瞳を閉じ、ぱちんと両手を叩いて。瞬間、か！　と両目を開くと……突っ込んできた一頭の歯列を見切りつつ、カウンターパンチ！　弾き飛ばしたところへ、藤吾の肩口を足場に飛び出した小倉 杏子が、強烈なキックで追撃！
「っと、させねぇよ！」
「ひゃわ！？」
　杏子を狙うサメの歯は、藤吾が彼女の襟元を引っ張り、引き戻したことで空振り。サメは恨みがましく二人を睨みながら、通り過ぎて行きます。
「あ、ありがとうであります……！」
「ああ……」
　予断無く構えながら、藤吾は思います。目の前のこの少女を、こんなにも守ってやりたいと思うのは、何故だろうか、と。
　ふと思い浮かぶのは、幼馴染の、あの子の笑顔。
（何でだろうな……あいつを守ろうとした時のことが、やけにダブって見えやがる。あいつに似てるってわけでも無ぇのに）
　肩を並べて、サメたちと渡り合いながら。こんなにも、彼女を放っておけないと感じるのは、何故だろうか？
　その気持ちの本当のところに、彼が気付くのは、きっとまだ先のこと。



「おう、そのまま連れて来い！　飛鳥、準備は良いか？」
「分かってるって、フミッキおじさん！」
　神無月 文貴は、鳴たちが誘導するサメたち……その中の一頭に狙いを定めて、ぐっと手を握り締めます。構えているのは、ろっこんによって増強された握力でもって、めきめきめきっとへし折り即興の武器とした、どこかの標識です。
　晴海 飛鳥も、新しいのど飴をぱくんと口へ放り込み、準備万端。
　二人の目線が追う一頭のサメ、その口元をよーく見てみますと、不揃いな歯並びの合間にわたわた、ぐるぐると泳ぎ回る、鯉の姿が！
　文貴はタイミングを計り、
「せぇー……のォっ！」
　ぶおんっと全力でブン回した標識が炸裂し、ばっちーん！　勢い良く群れの中から弾き出された、サメ一頭。
「おじさんナイス！　いっくよー！」
「よおし、ブチかませ、飛鳥！」
　そこへ追い討ちをかける飛鳥。すう、と思い切り息を吸い込み、
「鯉、『返せーーーっ！！』」
　海中へ響き渡る絶叫は、ろっこんによって実体化し、飛び出して……鍛え上げたコントロールは、狙いもバッチリ！
　サメのお腹へ、どずん！　とめり込めば。
　ぽんっ！
「でかした飛鳥！　もらったぜ！」
　文貴の虫捕り網が翻り、サメの口から飛び出した鯉を、すぱんと捕獲。逃げ出した鯉たちを捕まえた大きな網へと、つつがなく放り込めば……これにて見事、回収完了！
「さあて、後は……」
　にやり。文貴がぎろりと睨みつけ、口元を歪めますと、
「こいつら、追っ払うだけだな？」
　凶暴極まるサメたちが、ちょっぴり。怯んだようにも見えたということです。



　かくして、しばしの後。彼らの活躍によりまして、真珠ザメたちは寝子電スタジアムから、残らず撤退！
　後に訪れた平和で静かな海には、集まってきた鮮やかな色彩の小魚たちが、くるくるくると嬉しそうに泳ぎ回る姿がありました。
　気が抜けたのか、へなへなと脱力した杏子の腕を藤吾が支えて、
「お、おい、大丈夫か！？　どっか怪我したのか！？」
「こ……腰が抜けたであります……」
　途端、彼女の胸にはやっぱり、何ともいえないあたたかい気持ちが満ちてきます。
（どうして……この人に助けられると、支えられると。こんなにも、嬉しいのでありましょうか……？）
　彼女もまた、そんな気持ちの正体に気がつくのは、まだまだ。きっと、先のことなのでしょう。
「みんな、お疲れさま、です……！」
「おう、お疲れさん！　お前らのおかげで、ウチの鯉も無事だったぜ」
　と言う勘助、文貴らに、
「みんな、怪我が無くて良かったぁ……誰かが食べられちゃったりしたら、寝覚めが悪いものね」
「君たち、良い泳ぎっぷり、戦いっぷりだったねぇ。あの真珠ザメと渡り合うなんてさ！」
　鳴に飛鳥も集まってきて。藤吾と杏子も交えて、彼らは互いの奮闘を称え合いました。
　目の前へぱたぱたとやってきたのは、役割を果たしたラジコン潜水艦、それに修と風太。
「皆、無事で何よりだ。二宮が一言、お礼を言いたいそうだ……ほら、二宮」
「えっと。おにいちゃん、おねえちゃん……おじさん！　助けてくれて、どうもありがとう！」
　修に背を押されて、ぺこり、と彼らへ頭を下げた風太。いささか怖い思いをしたもので、トラウマを抱えてしまわないか、修などはちょっぴり心配をしておりましたけれど……どうやら、元気な様子。
　ピンチを乗り越え、彼らはほっと一息。
　文貴がぐるりと辺りを見回せば、未だ穏やかな海中……この現象が収まるまでには、もう少し時間があるようです。
「どれ、ちょっくら海中散歩としゃれ込むか。ま、隣にいるのが乙姫さまなら、風情はカンペキってところだったんだがな」
「それより僕は、恐竜でも出てきてくれたほうが楽しいな。そうそう、後で、海のほうへも行ってみようよ。何かいるかも知れないよ！」
　と、飛鳥は張り切っておじさんの腕を引っ張ります。せっかくのこんな機会、楽しまなきゃ損！
「勘助。あたしたちも、もっと泳ごう！」
　鳴のお誘いには、ブルートルマリンの尾を持つ人魚も、どこか照れくさそうにながら、うなずきました。
「そういえばさっき、寝子高のほうで、イルカを見かけたな……どうだ二宮、それに皆も。見に行ってみるか？」
　なんて修が誘えば、瞳を輝かせる仲間たち。
「イルカか……あー、小倉。俺たちも、見に行ってみないか？」
　藤吾が言うと、杏子も嬉しそうに顔を綻ばせて、こくりとうなずいて。
　彼らはあらためて……今度は急がず、慌てず。ゆったりと！　この夢のような美しい海を、存分に堪能するのでした。