突然の決戦は肩車の騎馬戦で！｜リアクション

突然の決戦は肩車の騎馬戦で！

　屋敷野梢は砂浜を俯いた姿で歩いていた。陽射しが目に入るのか。深緑のキャスケットを目深に被り直す。
「海に来たのはいいですがー、肝心の生き物がいませんねー」
　梢は適当なところにしゃがんだ。黒いショートジャケットのポケットからルーペを取り出し、砂地を仔細に眺める。間もなく溜息を吐いて海の方に顔を向けた。
「アカウミガメが大挙して押し寄せて来てもいいじゃないですかー」
　不機嫌な声の割には顔が笑っていた。無理ですよねー、と言って立ち上がる。
　レギンスパンツの後ろを手で払うと、梢は後ろ手を組んで砂浜を歩き始めた。すると遠くの方で争うような声が聞こえてきた。
「なんでしょー」
　足早に近づくと肩車をして争う人々が目に入った。途端に梢の目付きが変わる。全身に武者震いが起こる。
「な、なんでしょう、この気持ち……湧き起る高揚感が抑え切れないのです！」
　無意識に梢は何かを探した。黒いトレーニングウェアを着た人物に目が留まる。
「あれは五組の尾鎌君！？」
　梢の視線に気付いたのか。尾鎌蛇那伊はこちらを向いた。軽くウェーブの掛かった髪を手で撫で付けて歩いてきた。細い眉に切れ長の目が妖しさを醸し出していた。薄い唇が艶やかな笑みを湛えている。
「うーん、尾鎌さんなのかなぁ」
「あら、屋敷野ちゃんも来てたのね。もしかしてアタシと同じ、独り身で寂しい思いをしているのかしら？」
　蛇那伊はウインクをして見せた。梢は見上げる姿で、そうなんですよー、と言った。数秒の間を空けて言葉を続けた。
「そこで、ですねー。私と組みませんか」
「もちろん、いいわよ」
「あのー、私が上でいいですか？」
　梢は上目遣いで聞いた。蛇那伊は衣服から浮き出た大胸筋を揺らして笑った。
「アタシは男なのよ。屋敷野ちゃんの上に乗って押し潰すような趣味は持ち合わせていないわ」
「ですよねー。これで安心して騎馬戦に参加できますね！」
「そうね、アタシの欲求も満たされるわ。はい、座ったわよ」
「失礼しまーす」
　梢は蛇那伊の肩に乗った。
「座り心地がいいですねー」
「あら、ありがとう。それじゃあ、立つわよ」
　おー、と梢の声が上がる。頻りに顔を動かした。
「見晴らしも最高じゃないですかー」
「アタシは見慣れているからよくわからないけど、なんか嬉しくなるわね」
「あれ、あんなところに海美ちゃんがいますねー。こちらに向かってくるみたいですよ」
「あの赤い帽子を被った子供のことかしら」
　修は海美を肩に乗せて小走りで近づいてきた。
「こずえちゃん、こんにちは！　えっと、おおきなおにいちゃんもこんにちは！　やくとくだね！」
　海美は笑顔で親指を立てた。目にした蛇那伊が微笑んだ。
「可愛い子は好きだけど、役得とは思っていないわよ。この程度のことで揺らぐほど、アタシの精神は脆くないわよ」
「おにいちゃんじゃなくて、おねえちゃんなの？」
「言葉遣いで混乱するかもしれないけど、アタシは蛇那伊おにいちゃんよ」
　大胸筋を動かして見せると、すごい、と海美は手を叩いて喜んだ。話の区切りが付いたところで修は梢に目を向けた。
「乱戦になると不利だ。死角を補って共に戦わないか」
「それって共闘ですよね。私はオッケーですよー。仲間は多い方が心強いですよね」
「そうね。高さで目立つアタシ達が囮になるわ。その前に気を練り上げないとね」
　蛇那伊は軽く足を開いた。背筋を伸ばし、独特な呼吸法を試みた。
「お尻がぽかぽかしてきましたー。岩盤浴みたいですね」
「このくらいで十分ね。行くわよ！」
　蛇那伊は開戦を告げて一同は勇ましい声を上げた。