そんな季節の変わり目に｜リアクション

そんな季節の変わり目に

　買い物帰りの主婦に混ざって津島直治が通りを足早に歩く。持っていたビニール袋は別の手に持ち替えた。ふと中身に目がいって足を止める。
「……買い忘れはないよな」
　黒いジャケットのポケットから紙片を取り出した。そこには叔父に頼まれた品々がびっしりと書かれていた。黒縁メガネの位置を正した。確認するように目を動かし、大丈夫だな、と安堵の声を漏らす。
　歩き出そうとした矢先にケータイの着信音が鳴った。ズボンの後ろのポケットから取り出すと液晶部分に母親の名前が表示されていた。なんだろう、と口にして電話に出た。
「はい、直治です。母様、何かありましたか？」
『何もありませんが、久しぶりに声が聞きたくなりました。島の生活には慣れましたか』
　柔らかい声が耳をくすぐる。直治は子供らしい笑みを浮かべた。
「はい、おかげさまで」
『叔父様に迷惑はかけていませんか？』
「そのような行動はしていないつもりです。今も叔父様に頼まれた買い物を済ませて帰る途中でした」
『それを聞いて安心しました。今後も学業や家事に励むのですよ』
　その声を受けて直治は背筋を伸ばした。
「はい、分かりました。母様や叔父様の期待を裏切らないように毎日を誠実に過ごして行きたいと思います」
　近況報告を終えた直治は、失礼します、と声に出して頭を下げた。通話を終えた途端、少し表情が暗くなる。
「口調が硬いかな」
「そんなことはなくてよ、直治様」
　背後からの声に直治は目を剥いた。瞬間的に振り返ると同じクラスの女子が白い歯を見せて笑っていた。白いＴシャツにオーバーオールを着て活発な印象を与える。
「なんだよ、その喋り方は」
「あら、こちらが地の喋り方ですのよ、直治様」
　口元に手を当てて高笑いまでして見せる。直治は鈍器で頭を殴られたかのように首を曲げた。
「……俺の口調のことは、すぐに忘れてくれ」
「そうは言われてもねぇ」
「買い物で出た釣り銭は駄賃として貰える約束だ。アイス、好きだよな？」
「ほっほうー、そうきますか。じゃあ、お言葉に甘えてカップのバニラデラックスで」
「仕方ない、それで手を打とう」
　二人は揃って近所の駄菓子屋を訪れた。宣言通りにカップを手にすると小躍りして喜んだ。その姿に直治は少し笑ってしまった。
　二人は店舗の前のベンチに並んで腰を下ろした。早速、隣ではカップの蓋が開けられた。直治は横目で見ながら微炭酸のオレンジジュースの缶を呷った。
「でもさー、なんであんな喋り方をしてたの？」
「敬語の方が楽なんだよ。叔父には中学生らしくないって言われるけど」
「あたしだって年上の人には敬語になるよ」
　プラスチックのスプーンでアイスを口にして、んんまーい、と笑顔で震える。そうそう、と思い出したように直治の方を向いた。
「尊敬できない相手には年上でも敬語は使いたくないよねー」
「……俺はどうだろう。そこまで深く考えてなかったかもしれないな」
　直治は何とはなしに空を見上げた。隣では同級生が笑顔でアイスを頬張って、きたよぉ、とこめかみを指で押さえて痛みに耐えていた。
「なんか、どうでも良くなったな」
「え、何か言った？」
　痛みから回復した同級生が聞き返す。直治はカップの中身を指差して言った。
「アイスは溶けたら美味くないだろ」
「あ、本当に溶けてるよー」
　丼物を掻っ込む勢いで食べると痛みがぶり返した。今度は両方のこめかみを両手で押さえた。
　直治は笑って空を眺める。悪くない、と呟いてオレンジジュースを一気に喉に流し込んだ。