ドレスに願いをかけて｜リアクション

ドレスに願いをかけて

●眼差しの中に
　音楽の切り替わりそうなタイミングを狙って、御剣刀と小山内海のペアはゆっくりとダンスホールに歩み出した。
　軽やかなテンポの曲が終わり、やがてゆったりしたリズムの曲が流れはじめる。
　踊ろう――と言うように、海がこくんとうなずいた。

　ぎこちないながらも、リードしようとする御剣にあわせ、海もステップを踏み出していく。
「結構、難しいな……」
　慎重になりすぎてついついステップの幅が小さくなってしまう。
　しかし御剣には、海が自分の足を踏まないようちいさな足で踏んばっているのが十分伝わっていた。
　気持ちはとても嬉しい、が、リードされる側に気をつかわせてしまってはあまりに申し訳ない。
（「このままじゃいけないな。もう少し上手にリードしないと」）
　そう考えていた矢先に、隣のペアと背中ごしにぶつかってしまった。
「いてっ！！」
　足は踏まれなかったものの、両者とも集中していたため勢いよくぶつかり、思わず声を上げてしまった。
「すみません……あ、あれ、刀っち……？」
　刀っち。そうあだ名で呼ばれ、ぶつかった相手の正体に刀も気がつく。
「新井じゃないか」
　同じ旧市街に住んでいて、剣道部仲間の新井すばる。
　ダンスがうまく行かないのか、いつも陽気な友人の顔はどこか青ざめていた。
「ご、ごめん。もう少しまわりを見て踊るよ」
　顔を直視できないまま謝る友人に、小さな声でエールを送る。
「……頑張れよ、新井」
　あらためて海のほうを向き直り、大丈夫だという風に小さく笑顔をつくる。

　友人があんなに頑張っているのなら、自分だって手を抜いてはいられない。
　握っていた手に力をこめ、腰にまわした腕で小さな体を抱き寄せる。
　あくまで無言でさりげなく、けれど支える腕は力強く。
　リードする側が弱気になってはダンスはつとまらない。
（「刀くん」）
　見上げた海の視線の先には、じっと見つめてくる瞳がある。
　刃のように鋭い光をたたえた彼の、黒く静かな瞳。全神経をダンスに注いでいるらしく、表情は若干硬い。
　しかし彼が、海の挙動ひとつひとつを読み取り、ステップを踏み出しやすい方へと導いてくれていることが、海にはよく分かった。
（「刀くんが、私にあわせて、動いてくれてる」）
　青く澄んだ瞳が、懸命にリードする御剣の目を見つめ返す。
　要領をつかんだ二人の姿は、同じようにしてダンスを踊るパーティ会場の光景に溶け込んでいった。