ドレスに願いをかけて｜リアクション

ドレスに願いをかけて

●もう少し近くで
　今回参加するのは、裏も駆け引きもないダンスパーティだ。
　八神修にとっては、ただ純粋にダンスを楽しめることがありがたかった。
　計算ずくのわずらわしい言葉も考えなくていい。
「おや……あれはもしかすると」
　知り合いや友人たちが踊る姿をながめながら、修はテーブルに並んでいる料理に特徴があることに気がついた。
　全てというわけではないが、この島の洋菓子店の人気商品など見覚えがあるものが多い。
　知り合いを頼ったものだと推測できた。
　またホールの中にはステラ・マリスのスタッフだけでなく、配膳業者らしき名札をつけたスタッフも数人配置されている。
（「即席で用意したんだろうな」）
　このステラ・マリスにとっても、舞踏会は急に決まったできごとだったのかもしれない。
　一見した程度では気づかないが、このパーティは手作り感に満ちていた。
　パーティをいいものにしようという心意気に、どこか微笑ましさを感じる。
「こういうアットホーム感も、いいものだね」
　華やかなパーティが開かれるとき、厨房や舞台裏はかならず戦場となる。
　その苦労を垣間見ている修からしても、心が安らぐ光景だった。

　ひとしきり会場を眺め終え、あいさつ回りもすませたところで、修は一人きりで残されている女性を探しはじめた。
　壁の花を放ってしまっては上流階級出身の名がすたる。
　そう思って探してみたものの、少なくとも女性陣は皆、ふさわしいお相手を得てここへ来ているようだった。
　しかしあきらめかけた時、修は壁際にたたずむ毒島虹子の姿を見つけた。
「やあ、ごきげんよう」
　修に気づいた虹子が、ごきげんうるわしゅう、と挨拶を返す。
「一曲踊っていただけないかな？」
「そうね……」
　誘いをかけられ、虹子は考えるように言葉を濁した。
　一人でいるからこそ修は誘ったのだが、今の虹子はあえて好んで一人たたずんでいるようなものだった。
　パーティに参加している女性たち。
　彼女たちのコーディネイトを観察するのが、いま彼女がパーティに参加している最たる理由だった。

　淡い緑の少女然としたドレスで踊る、畑中華菜子。
　オフホワイトのドレスでほんわかオーラを振りまく、橘舞。
　パートナーに導かれている小山内海の表情はヘッドドレスに覆われハッキリとは伺えないが、
　ダンスの素振りやパートナーの表情からしても幸せそうな様子がうかがえた。

　こうしてファッションを眺めていると、次は何を作ろうかと創作意欲がわいてくる。
　惜しむらくは、壁際のここからではディティールを確かめられないこと、か。
「失礼。お疲れだったかな」
　修が諦めて立ち去ろうと礼をした時、虹子が遅めの返事をだした。
「よろしくてよ」
　顔をあげる修。
　今は踊ることそのものよりファッションを見ていたいのだが、より近くで彼女たちの衣装を観察できるのならと、虹子は誘いを受けることに決めたのだった。
「エスコート、していただけるかしら」
　踊れるんでしょう、と問うように、虹子は勝気な笑みをむけた。