ドレスに願いをかけて｜リアクション

ドレスに願いをかけて

●ダンスの教室
　かねてから社交ダンスに挑戦してみたいと願っていた新井すばる。
　そんな彼に、橘舞が先生役を申し出たのはしばらく前のことだった。
　練習の甲斐あって少しだけステップも覚えてきたころ、ステラ・マリスの舞踏会の知らせが舞い込んだ。
「ちょうどいい頃合ですし、この舞踏会で実践といきましょうか」
　そんな舞の提案で、二人はこのステラ・マリスを訪れていた。

　すばるの前には今、アイボリーカラーの丸みを帯びたドレスをまとった舞の姿がある。
「ドレス、似合ってるね。お姫さまみたいだ」
「新井さんも似合ってますよ。……もしかして、緊張してますか？」
　ほめことばに丁重なお辞儀で返す舞だったが、テールコートを着たすばるの表情はやや硬い。
（「そういえば練習では、足を踏まないようにとずっと靴を脱いでいましたっけ」）
　足元までセットで飾られていた貸衣装に触れたところ、半ば強制的に靴を履かされてしまったようなのだ。
　しかもよりによって、つま先のとがった革のダンスシューズ。
　履きなれていない者には扱いづらい代物だった。
「……いや、ボクは大丈夫だよ。練習どおりに踊れば何とかなるよ」
　そう強がってはみたものの、練習と違ってまわりには大勢の人がいる。
　不安に思うのも無理のないことだった。

　踊りはじめてしばらくのこと、ダンス会場で声があがる。
「痛っ」
　舞の声に、すばるが一瞬うろたえた。
　音楽にもだいぶ慣れ、ここまで頑張ってついてきていたのだが、足が疲れてきたのだろう。
　ついにパートナーの足を踏んでしまったのだ。
「あ、ごめん……」
　とっさに謝るすばるに、舞は不安に思わせないよう笑顔でやさしく声をかける。
「大丈夫ですよ。ほら、足を止めないで」
「う、うん。頑張るよ」
　励ましてはみたが、すばるの表情は晴れない。
　ここでミスを重ねては、自分だけでなく舞まで笑い者になってしまう――。
　そんな焦りが、すばるのステップを不確かなものにさせていく。
「あっ……ごめん、また踏んだ」
　硬い革靴で二度も踏まれてはさしもの舞も痛さを隠しきれず、表情に出てしまった。
　次第に青ざめていくすばる。
「……私は大丈夫ですよ。だから新井さん、落ち着いて」
　気づかう舞の言葉も届いていないのだろうか。
　すばるはただひたすらに、パートナーの足を踏まないよう後ろへ後ろへと後退していく。
　そして――。
「いてっ！！」
　とうとう、隣にいたペアと背中がぶつかった。
「すみません……あ、あれ、刀っち……？」
「新井じゃないか」
　幸いぶつかった相手は友人だったが、大切な時間を邪魔してしまったことに代わりはない。
「……ご、ごめん。もう少しまわりを見て踊るよ」
　口ではそう言ってみるも、動揺は隠し切れない。
　すばるの心から冷静さ、そして何よりも大事な踊りを楽しむ気持ちが失われていくのを、そばで見ていた舞は敏感に感じ取っていた。