己の魂を越えてゆけ｜リアクション

己の魂を越えてゆけ

【永訣の夜】

　常闇月がシーサイドタウンまで夜の散歩に出向いていた矢先のことだった。
　月夜の中で、猫の目はよく光る。
　彼女はそれを見てしまった。
　猫の目が怪しく輝いたかと思えば、猫の傍に誰かが立っていることに気が付く。
（……！　急に気配が？）
　突然現れた人影に、常闇は警戒を強める。
　そしてその心構えは正解だった。
　突如として暗闇から放たれた鋼糸の僅かな月光の反射を見逃さずに済んだからだ。
　咄嗟に真上に飛び上がり、塀の上へ飛び乗る常闇。
　そして彼女は見た。
　自分と瓜二つの顔を持つ少女の姿を。
「あれは……、なるほど、私のドッペルゲンガーというわけですか」
　そういえば、今日一日、そんなことが起きやすいと耳にしていた。
　まさかと思ったが、自分のところにまで出現したら疑いようもない。
「……となれば、貴方のやりたいことは分かります」
「ええ、話が早くて助かります」
　ドッペル月はスローインダガーを構えて常闇を睨む。
「あなたを否定し、排除します。闇が光の中で生きられるはずないですから」
　常闇は自分の想定していた最悪の事態と合致したことに危機感を覚えた。
「つまり、私という原因を排除しに来たのですね……。ここであなたを打倒しないと、私の大切な存在が危ないですね」
「大切な、ひと……？」
　ドッペル月は憐れみの目付きで常闇を見据える。
「私は“人形”。誰かの為に有り続ける、意思を持たない“自動人形（オートマータ）”。人間の真似事なんて初めから無理なのです……！」
「私は、『人間』です……！　もう人形ではありません！」
　その会話が合図だった。
　両者は宙を舞い、何度も何度も交錯する。
　その度に金属音と火花が飛び散り、緋色の華がお互いの体から咲き乱れる。
（くっ……！　技量・速度・精度ともに互角……！？）
　無数の浅い切り傷を負いながらも、常闇は果敢に鋼糸を駆使した立体駆動による三次元殺法を繰り出す。
　だが、敵も同じ行動パターン且つカウンターまで同じと来たら、もはや小細工するだけバカバカしくなってくるというもの。
　純粋な力のぶつかり合いに発展しても、力が拮抗しているためお互いに攻めあぐねる始末。
　この流れに、ドッペル月が無表情のまま問う。
「汝、人形なりや？」
「否、我は人なり！」
　即答する常闇へ同時にダガーを３本投げつけるドッペル月。
　そのうちの１本が常闇の右大腿部に突き刺さり、常闇は膝をついてしまう。
「しまった、機動力を削ぎに……！？」
「あなたは弱くなりました……。こんな初歩的な戦術に引っ掛かるなんて……」
　ドッペル月は鋼糸を手繰り寄せ、次の一撃で決めようと狙うを定める。
「次で終わらせます」
　常闇は悟った。
　次の一撃、鋼糸が自身の体に食い込み、ゆで卵をスライスするように輪切りにするだろうと。
（ですが、私はここで負けるわけにはいきません）
　ナイフを引き抜く。幸い、傷は浅い。痛みは歯を食い縛って耐える。
「貴方は私が弱くなったと言いましたね？　確かにそうかもしれません」
　眼前に迫る死の結界。そこへなんと突っ込んでいった！
　そしてパルクールの動作で鋼糸をギリギリ飛び越え回転しながら着地。
　すぐさまドッペル月の懐へ潜り込む！
（鋼糸は一度放つと次撃までタイムラグがあります。そこが弱点……！）
　抜き放った常闇のナイフを、ドッペルは手甲で凌ぐ。
　鋼糸は放棄せざるを得ない。だが武器の換装の時間すら惜しい。
　故に、次に繰り出された刃を、ドッペル月は素手で掴んだ。
　その表情は、まるで痛みを感じてないと言わんほどの無表情だった。
「ただ機械のように任務を遂行するだけの人形。かつての私は、そうでなければ生きていけなかった」
　無表情の自分の顔に、常闇は胸が苦しくなる。
「躊躇を覚えた人形は欠陥品でしょう。昔は痛みすら忘れていました。ですが……！」
　刃を引く。相手の掌を裂き、赤い血潮が滴る。
　ドッペル月は機械仕掛けの如くカウンターを繰り出す！
「私は大切な存在を守りたい。私に生きる楽しさを、温もりをくださった方々を――」

「大切な存在を守るために、この力はある！　痛みすら愛おしい！」
　常闇はカウンターをバク宙で避け、着地と同時にスローインダガーをドッペル月の眉間へ放った！
　刃が頭蓋骨へ突き刺さる鈍い音が夜空に吸い込まれる。
　ドッペル月はそのまま仰向けに倒れると、飴細工のように粉々に砕かれた。
　勝利をもぎ取った常闇は、転がるダガーを拾い上げて月を見上げる。
「……さようなら、かつての私」

＜常闇月：そして君は“夜明け”を待つ＞

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