己の魂を越えてゆけ｜リアクション

己の魂を越えてゆけ

【打破するだけが道ではあらず】

　夜中、黒猫が道を通ると不幸が起きる。
　もっとも他の国では、不幸ではなく吉兆の証だったりするのだが。
　少なくとも、この日本の寝子島では、前者が当てはまるようだ。
「迷信が現実になるなんて……」

　北原みゆきは戸惑っていた。
　ドッペルゲンガーはフードを被って表情は伺えないが、見え隠れしているブロンドの頭髪は見飽きた自分自身のものだ。
　フード付きコートのドッペルみゆきは、いきなり北原へ突っ込んできたかと思えば、胸倉を掴んで投げ飛ばした！
　だが北原は合気道の要領でうまく受け身を取ると、直ぐにドッペルみゆきから距離を取った。
　ドッペルみゆきはヒステリックな口調で告げた。
「弱虫！　そうやって逃げるんだね。『私』のろっこんは誰かの破滅を招くモノだし、見当違いな行動でいつも皆の足を引っ張っているじゃない！　そんなことで、『皆の笑顔を守る』なんて大層なことをよく言えるよね！？」
　ドッペルみゆきはしゃにむに北原に掴み掛り、その首をぎりぎりと締め上げていく。
　北原は必死に気道を確保しようと首を締める手を掴んで引き剥がさんと力を込める。
「それの……何処が、いけないのっ！？」
　今度は北原がドッペルみゆきを投げ飛ばす。
「確かに私は弱いよ。ただ、それは誰にでも言えること。だって人は独りではとても弱いもの。けれど、皆のためになら戦える。傍に皆がいてくれるなら、できないことはないの」
　立ち上がるドッペルみゆきは、憤怒の形相で金切り声を上げる。
「だったら、あの先輩を見殺しにして、ねずの里で言い返せなかったのは何故？　所詮口だけじゃない！」
　苛立つドッペルみゆきの言葉に、北原は顔をしかめて目を伏せてしまう。
「……そうだけど、そのまま諦めて引き下がるつもりはないよ。うまくいかなかったからって、これからも同じとは限らないもの」
「また逃げるんだね！？　何も解決してないじゃない！」
「私は信じているよ、この島の人達は隠し事はしたってウソはつかないこんな私でも受け入れてくれた人達だもの。信じてもらうために、私は皆を信じる」
　本当に相手は北原の事を信用しているのか？　内心ではどう思っているか？
　それは相手自身しか分からない。人の心は可視化できない。だが、彼女は全面的に信じることを選んだ。
　自分の信念のために。
「欺瞞だよ。そんなの、都合の良い事しか目を向けていないじゃない！」
　ドッペルみゆきは身を屈めて北原に突っ込んできた。
　北原は合気道で受け流し、ドッペルの手首を捻って拘束した。
　地面に響く金属音。転がったのは果物ナイフだった。
「お願い、これ以上の戦いはやめて、勝負はついたの」
「うわああぁぁーっ！」
　北原の制止を振り切り、ドッペルみゆきは彼女を押し倒した。
　そのまま再び首を絞めようと手を伸ばすが、北原は柔道の巴投げの要領でドッペルをひっくり返した！
　素早く横四方固めで寝技を決めて、相手の動きを封じてしまう。
「分かったでしょ？　大人しく私の話を聞いて？　たとえあなたが私の敵だとしても、私からすればあなたも私なの！　自分自身を傷つけたくないし否定もしたくない！」
　もがくドッペルが顔だけを振り返って北原を睨む。
　北原は沈痛な面持ちで尋ねた。
「戦ってどちらかが消える以外の方法はないの？」
　ドッペルみゆきは答えた。
「……同時存在は不可能なの。ごめんなさい」
「そう……。残念だよ……」
　北原は寝技を解いた。
　これにドッペルみゆきは戸惑いを隠せない。
「なんで解放したの？」
「言ったよね、戦う理由がないって」
　北原は寂しげに微笑んだ。
「皆の笑顔を守るってことは、あなたの笑顔も守りたいってことなの……」
　この言葉に、ドッペルみゆきは困惑する。
「敵に情けを掛ける気なの……？　それで全て救われると思うの？」
「分からない。けど、今はこれが最善だと思うよ」
　その口ぶりに、迷いはなかった。
「そう……」
　呆れたようにドッペルはナイフを拾う。
「今日は引き分けってことにしてあげるね。……でも、同じ世界に同じ人間は存在できない。だから、……ごめんね」
　ドッペルみゆきは、自分の喉笛にナイフを勢いよく掻っ切った。

「……こんなの間違ってるよ」
　粉々に崩れていくドッペルの身体を抱き寄せて泣く北原。
「ドッペルのあたし、ねえ、聞いて。今、私のやりたいこととやるべきことが１つになったの。だから、また会いに来てね？　そのときは私、強くなってみせるから……！」
　彼女の慟哭は、秋の夜空へ吸い込まれるのだった……。

＜北原みゆき：誰がために涙を流す？＞

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