【冷やし中華を作る者達（六）】

《橘 明里さんの場合》

　さて、このあたりでちょっと息抜きがてら、一風変わった冷やし中華をつくろうとしている人の様子を見てみたいと思います。
「あたしはねー、フルーツもりもり中華をつくろうと思うのなの！」
　きらきらと光り輝く笑顔でそう宣言したのは橘 明里さん。
　いつも天真爛漫な彼女は今日も元気いっぱい。冷し中華にも危険な香りがいっぱいです。
「おじさん、まずはお鍋を貸してほしいなの！」
「うん？　鍋？　お嬢ちゃん、いったいそんなもの何に使うんだい？」
「もちろん鍋中華をつくるためなの！」
「天才キタコレ！」
　どや顔で宣言する明里さんに、おじさんは意気揚々と厨房の奥に鍋を取りに向かいます。
　その背中を審査員役の八神 修くんと桜崎 巴さんが「こら、アカン」という目で見送っていたことは言うまでもありません。
　やがて二人の視線はおじさんから明里さんの方へ移り、
（なんだかみんなの熱い期待の視線を感じるなの！）
　明里さんはそんなみんなの視線をビビッと受信して、ますますやる気を募らせます。
「あかりはねー、甘いものが大好きなの！　だから、お鍋いっぱいに甘いものを詰め込むつもりなの！」
　誰にというわけでもなくそう宣言する明里さん。
　ざわ、と彼女の周辺の空気が揺れます。
　ちなみに彼女に悪意はありません。彼女に悪意はないんです。大事なことだから二回言いました。
　さらにいけないことに店のおじさんも気を利かせて大きな土鍋を持って来るものですからさあ大変。おじさん、海の家でそれをどう使うつもりだったんでしょうか。
　明里さんは周囲から期待（？）を一身に受け止めて、一生懸命にたくさんの鍋中華を作り始めます。
「苺にあんこ。アイスクリーム。あと、トマト！　トマトがとっても大事なの！」
　スープのかかった麺の上に大量の甘味を『これでもか！』というぐらいに盛り付けていく明里さん。
「できあがりなの！　さあ、おじさん！　ばんちょーさんたちも、どうぞなの！」
　そして完成した――してしまった鍋中華を明里さん満面の笑みで三人の眼前に突きつけてきます。
「……修、あんた先に食いなよ」
「……いや、俺はレディファーストを信条にしている。桜崎、先に食べてくれ……」
　お互いを尊重しあう審査員二人。
　しかし、何故でしょう。その空気は和やかというよりもむしろ一触即発です。
　と、そのときでした。
「……食べたくないの？」
　明里さんが大きな瞳を潤ませてそう言いました。

『…………ッ！？』

　さすがにこれは利いたようです。
　このままでは明里さんは泣きそうです。そうなるとなんとも居たたまれない気分になります。魔王も軍師も基本的にいい人なのです。
　と、さらにそのとき。
「なんだい、食わないのか。じゃあ、おっさんが食っちまうぞ（ぱくぱく」

『…………ッ！？』

　巴さんと修くんに再び衝撃が走りました。
　おじさん、そんな二人の様子を歯牙にもかけず、
「もぐもぐ。おう、やっぱり甘いもんはうめーな！　トマトの甘酸っぱさがいいアクセントにもなってらぁ！」
　おじさんは顔色一つ変えずに笑顔でそう言ってのけます。
（おっさん、あんたアホだけど漢（をとこ）だよ……。あんなもん食わされて笑顔でいられるとは……）
　巴さんはそんなおじさんの姿を見て、ほんの少しだけ尊敬の念を抱きます。
　そんな彼女の気持ちはそばで見ているだけでも修くんにしっかり伝わってきましたが、
（いや、あれはやせ我慢というより、天然の味覚オンチなんじゃないだろうか……）
　修くんはそんな直感を抱き、おじさんの未来が本気で心配になったとか。
　これが十三品目です。

《夕鈴 翼さんの場合》

　さて、こちらにも一人の女の子がありました。
「うーん。みなさんなかなか新しいですねぇ」
　用意されたアイスクリームを折角なので（？）とぺろぺろと舐めながら、小さく唸る彼女の名は夕鈴 翼さん。いたずらが大好きな小学生の女の子です。
「それではボクもトコトン新しい味を追求してみるとしましょうか」
　ごくんと可愛らしく喉を鳴らしてアイスを飲み込むと翼さんは材料集めにとりかかります。
「色々と食材を用意してくれているようなので、果物系をメインにハバネロで少しアクセントをつけてあげましょう」
　くすくすといたずらっぽい笑みを浮かべ、翼さんも調理にとりかかります。
　まず細かく刻んだハバネロを少量入れた卵焼きを短冊ぎりにし、キュウリを千切り、アボカドはうすーくスライスしてお醤油を一滴垂らします。
　いつも家庭科は苦手だと言っている翼さんですが、その慣れた料理の手つきはとても小学生とは思えないほど。
　それもそのはず。実は翼さんの家は両親が留守がちで、彼女はほとんどの家事を自分でこなせる女の子だったのです。
（家庭科は苦手だけど家事ができないわけじゃないんですよ！）
　心の中で叫びつつ、翼さんは中華麺の上にスープをかけ、そのうえに調理した素材を綺麗に盛り付けていきます。
　盛り付け方にも一工夫。まあるく敷いた麺を綺麗に六等分するように麺・キュウリ・麺・アボカド・麺となるように配置し、見た目を鮮やかにします。
　まだ翼さんの作業は終わりません。このままではただの綺麗な中華（ややハバネロ入り）で終わってしまう、そんな気がしたのです。そこはかとなく明里さんに対抗意識が生まれたのかもしれません。
「うーん。何かもうワンパンチ欲しいですね」
　と、そこで翼さんはアセロラに目をつけました。
「アセロラには甘味種と酸味種があると聞きます。これは、甘味種のようですね。それならちょっと載せるだけでいいパンチになりますね」
　アセロラを載せ、最後に全体の味をひきたてるためにシークヮーサーをきゅっと絞り、ついにオリジナル冷し中華が完成です。
　翼さんは軽く味見をし、満足げに頷くと折角なのでとおじさん達の前に道往く人にも声をかけてみます。
「さあ、ボクの冷し中華もできましたよ。あ、そこのお姉さんたち、ちょっと味見していきませんか？」
　翼さんが声をかけたのは獅子島 市子さんと仲村渠 鳴さんの二人でした。
「ほー……（露骨にアヤシイ）」
　市子さんは彼女の独特の悪戯好きの空気を感じて、警戒心をあらわに皿を受け取ります。
　一方で、鳴さんは。
「へぇ、おいしそう。じゃあ頂くわね」
「あ、鳴、ちょ、オメー……！」
　何の疑いもなく箸をつけて、市子さんを慌てさせます。
　が、しかし。
「……あ、おいしー。ちょっと辛いけど、これってハバネロ？」
「ご明察。本当はもう少し辛さにびっくりして欲しかったんですけど、量を加減し過ぎましたかねー」
　翼さんはくすくすと笑って、市子さんと鳴さんの顔を交互に見比べます。
（……コンニャロー）
　どうやら一杯喰わされたようだと気づいた市子さん。
　ですが。
（……ま、鳴が喜んでるみてーだし。よしとすっか）
　と、気を取り直して自分も箸をつけてみます。
「お、なかなかウメーね。マジで」
　市子さんも納得の様子。
　ほかにも。
「へぇ。ハバネロってゲテモノだと思ってたが、こうやって食うと美味いんだな！」
　と、握 利平くんが目を見張り、
「これ、きみが作ったのかい？　そうか、俺も負けていられないな……」
　と、御剣 刀くんが料理好きとして微妙に対抗意識を燃やし、
　おじさんを筆頭とした審査員達もまた、
「おお、ギャグのつもりで置いといたハバネロをこんなふうに使ってくれるたぁ、おっさん感激だぁ！」
「……ギャグって、おっさん。それなら、もう少し考えてやりな。あたしはそのせいでエラい目に遭ったんだからね」
「（本当にエラい目に遭ったのは日暮だと思うが……）いや、でもよくできてるよ。うん」
　と、好評です。
「えへへ。小学校のみんなにも見せてあげたいねー」
　翼さんは屈託なく笑って言いました。
　そうしてついに十四品目の審査が完了です。