酒は飲んでも飲まれるな｜リアクション

酒は飲んでも飲まれるな

　旧市街をランニングをしていた志波拓郎は、体に急な違和感を覚えた。どこかふわふわした不安定な感覚。なんだか体が火照る感じもする。
「まずいな……どこか座れるところで休もうか」
　そんなことを考えていた時だった。背後から騒々しい女の子の声が聞こえた。
「拓郎ちゃんは無事なのだ？体は大丈夫なのだ？」
「なんだ、後木さんか。大丈夫だけど、ちょっと変な感じが……」
　陸上部仲間の後木真央に、拓郎は言葉を返す。
「やっぱりなのだ！これは熱中症なのだ、はやくスポーツドリンクを飲むのだ」
　セリフを言い終えないうちに、真央はペットボトルを無理やり口に含ませようとする。酔っているので判断力はかなり鈍っている。
「いや、これまだキャップついてる……」
「いいから飲めなのだ！」
　聞く耳を持たなくなっている真央は、強引に拓郎を木陰に引っ張っていく。
「とりあえず水分を取って安静にしておくのだ！」
「うーん、熱中症なのかな……こんな症状だっけ」
　拓郎は、自然に上に羽織っていたジャージを脱いだ。
「しかし、暑いね、今日は……」

「おさんぽおさんぽ、楽しいなー、なの！」
　四月一日菊乃は上機嫌で歩いていた。寝子島の風景に好奇心を刺激され、探検気分で散歩しているうち、旧市街までやってきたのだった。
　旧市街の奥に入っていくうち、なんだか気分がさらに高揚してきた。
「なんだかぽかぽかして、楽しくなってきちゃったのー！」
　菊乃は、自分が神魂の影響で変になってしまったことに気づいていない。気づいたとしても、それを深く考えることはしないだろう。菊乃はそんな少女だ。誰か、一緒に楽しく過ごせる人、いないかなー？
「おや？」
　菊乃は道を歩く一人の人物に目を留めた。あの人は良い人だ、と彼女の中の「たぬセンサー」は囁いている。
　股下まで伸ばした見事な髪を、先だけで束ねている。すらりと背が高く、男子制服を着ているが、胸のふくらみは明らかに女子生徒のそれだった。
　彼女の名は浮舟久雨というのだが、その名前すら知らないのに、菊乃はいきなり彼女に飛びついた。
「うおっ、何だ？」
　当然の流れで驚く久雨。しかし菊乃は久雨の腰に手を回したまま離さない。
「貴様、なぜ私に抱きつく？」
「たぬセンサーで、お姉さんは良い人だってわかるのー」
「……小学校高学年か、中学生くらいか？」
　困惑した様子で菊乃を眺める久雨だったが、やがて恐ろしい推測に達する。
「この様子……よもや、飲酒したのではあるまいな？」
　久雨は脳天気に笑っている菊乃の両肩を引っつかむ。
「いいか、よく聞け。未成年の飲酒は危険だぞ。脳細胞や臓器への悪影響……うっ」
　説教を始めようとした瞬間だった。神魂の影響は、遅れて久雨にも襲いかかったらしい。
「くっ……視界がぼやける。……力が入らん」
　久雨の息が急に荒くなった。周囲がぐるぐると回るような感覚。久雨はゆっくりと崩れ落ちた。菊乃が下にならないように、体をひねってから倒れるのが精一杯だった。
「お姉さん、寝ちゃったの……ぬくぬくあったかくて、たぬも、なんだか眠いの……」
　二人は、やがてすやすやと寝息を立て始めた。