星ヶ丘寮の『ＰＫ』｜リアクション

星ヶ丘寮の『ＰＫ』

　同刻。
　こんこん。
　丑都渡紗姫の個室を控えめにノックするのは牡丹。怯えた兎のような気配を漂わせている。
　「はーい、牡丹？　はいっていーよー」
　紗姫は草色のソファーに座り、ネイルの手入れをしながら牡丹に入室を促す。
　おずおずと木蘭色の扉から顔を出して部屋へ入る牡丹。その表情は彼女の普段よりも暗い。包帯の巻かれた手には１枚のメッセージカード。それは『ＰＫ』の予告状だった。
　「あうう……紗姫さん～。何だか『ＰＫ』という謎の人物から予告状がきてしまいましたぁ～」
　「なんてゆーかほんと不幸体質っぽいよね、牡丹」
　紗姫は慰めになっていない言葉をかける。
　「あう。でも私はぁ紗姫さんに予告状が来てないか心配で心配でぇ～」
　何故か頬を紅に染め、牡丹は紗姫の隣にちょこんと座る。
　「んー？　あたしんとこは来なかったしきてもパンツくらい別にいっかなー。っと」
　気楽な調子でそう言い放つと、テーブルの上に無造作に置いてあったブランド物の化粧ポーチから新作のコスメを取り出す。
　「紗姫さんは盗まれてもいいんですかぁ！？」
　「ぬすまれんのはムカつくしぶん殴りたいけど？　あたらしーのくれたらいーじゃんね？」
　そんなことを言いながら、淡々と化粧品を広げていく。化粧水や乳液の小瓶、メイク用のパフ、何パターンかのつけまつげ、様々なグラデーションも可能な量のアイシャドウ、アイライナーも数本……などなど。試供品と思しきものも含めればテーブルが小さな化粧品売り場になったかのようだった。
　「ほかにもまだあるんだけどねー。とりあえず牡丹面貸してよ」
　「は、はいっ。紗姫さん、私なんかの顔でよければぁ～」
　牡丹は思わず背筋を伸ばして、紗姫のほうへ少し距離を詰める。牡丹の顔には少しばかり幸せそうな表情がこぼれている。
　「牡丹は何でも気にしすぎ、気楽にかんがえよーよ。ルームサービスももうすぐ来るし」
　と、慣れた手つきで牡丹の顔にベースメイクの準備を進めていく。
　「……気楽に考えてみますぅ～。紗姫さんの言葉で少し安心しましたぁ～」
　紗姫に身も心も委ねるように目を閉じ、メイクをしてもらう牡丹。

　コン、コン、コン、コン。
　ドアが４回ノックされる。

　「丑都渡様、添木様。ルームサービスをお持ちしました」
　涼やかな男性の声。
　「はーい、てきとーに置いてっちゃってー」
　紗姫の鷹揚な返事を受けて、給仕用のカートを押した執事服の男性が入ってくる。シルバーフレームの眼鏡と彼の雰囲気が相まって神経質そうな印象を与える。
　テーブルの上に広がった化粧品を避けて、サイドテーブルにパリっとしたテーブルクロスが掛けられる
　その上にワンプレートの季節の果物の盛り合わせ……苺、キウイ、グレープフルーツなどを盛り付けたもの。
　タルティーネやカプレーゼといった軽食も控えめな量ながら用意されていく。
　男は飲み物を２人に聞くと、小気味よい音を立てて磨いたグラスに注いでいく。
　プロフェッショナルなサービスに恐縮する牡丹と、ちっとも気にした様子を見せない紗姫。
　メイクを進めながら牡丹に話しかける。
　「てゆーかさー、予告状出して怪盗気取りでやることはパンドロってメチドーテーくさくない？」
　「ど、どーてー……ですかぁ～？」
　「どーせモテないキモメンがやってんじゃないのー？　カノジョも作れない奴がせめてパンツーって感じ？」
　そんな２人の会話が聞こえたのか、男の表情が少しひきつった。