灯篭流しの夜は更けて｜リアクション

灯篭流しの夜は更けて

　獅子島市子は、蝋燭に火をつけると静かに念じた。火の力で、霊の未練を祓い清める、それが彼女のろっこんだ。
（生きてる奴もそーじゃねー奴も、いつまでも未練残してたらお互いつれーだろ。だから、安心してもらって、灯篭流すんだよ）
　灯篭流しもピークは過ぎたようだ。今のところ、面倒そうな霊も見あたらない。
　市子は休憩をもらって、運営のテントの外に出た。市子の心配事は二つ、帰らない霊がいることと、気が弱くて島の風習に従えそうにない参加者がいることだ。死者の方は心配なさそうだが、生者の方は―――。市子は周囲を見渡す。
　いた。明らかに周囲をうかがい、人見知りしている少年が、一人。ちょっと立ち止まっては考えるが、すぐに俯いて爪を噛み出す。ダメだこりゃ。市子は少年に近づいていった。
「どーした、なんか困ってるみてーだけど。誰か探してんのか？」
　少年は一瞬びくりとしたあと、弱々しく答える。
「いや、違うっス……知らない人になかなか話しかけられなくって……」
「やれやれ。そんな不景気な顔してちゃゴセンゾも帰れねーぞ。あんた、寝子高生か？名前は？」
「樋野秀吉……寝子高の１年っス……。でもよかった、そっちから話しかけてもらえて……」
「情けないねぇ、ったく」
「でも、灯篭が流れていくとこ、ほんとに綺麗っスね……」
「水に集い、火に導かれる―――死者も生者もそれは変わらねー、てことだな」
「難しい話は俺、分かんないっス……誰か友達と見れたらいいんだけど……」
「今から、作りゃいいじゃねーか」
「無理っスよ……自分から話しかける勇気なんてないっス……」
　その時、向こうの方から騒がしい少年少女の声が―――
「いやー、いい雰囲気だったのに邪魔してゴメンなのだ。声かけたとき、手まで繋いでるのに気付かなかったのだ」
「いや、誤解だ……そういうのじゃなくて」
「そうよ、説明には時間かかるけど、ちょっとした事情があったのよ！」
「だから真央ちゃんはとっとと退散するのだ」
「いや、だから話を聞けって！」
　ふたりの少女とひとりの少年がこちらに近づいてくる。
「あ、市子ちゃんなのだ！おーい、今日はお手伝いなのだ？」
　小柄な少女が手を振ってくる。
「ちょうどいいぞ、あいつらも寝子高生だ。樋野、行ってこい！」
　市子は秀吉の襟首を掴むと、背中を思いっきり押して三人の前に飛び出させた。
　さすがの秀吉も観念せざるを得ない。
「あの……こんばん、は……。は、初めまして……」
　見知らぬ少年の言動にきょとんとするふたりの少女。だが、少年の方は落ち着いて話し始めた。
「お前ら、寝子島独自の風習を知らなかったのか。寝子島だと、灯篭流しでは知らない人と必ず言葉を交わすきまりなんだよ。こんばんは、俺は御剣刀。こっちが橘千歳で、こいつが後木真央。さっき、あんたも寝子高生とか聞こえたが。名前は？」
「お、俺は……ひ、樋野秀吉っス……」
　そこまで見届けた市子は、ふ、と小さな笑いを漏らすと、秀吉の隣に歩み寄っていった。やはり加勢が必要そうだ。
「あんたたち、ちょっとこいつに付き合ってやってくれるかい。一緒に灯篭流し、見てーんだとさ！」
　