鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●後木真央の場合

　真央が噂話を聞きつけて、ここを訪れたのはＮＭＲ……寝子島ミステリーレポートの略称で、新聞部が学校新聞に定期掲載している記事の為だった。
　常に明るく前向きな彼女は、噂話もネタになると意気揚々とやってきて、見事に踊り場で鏡を発見しその前に立つ。

「さぁ、出てくるのだっ！　もう一人の自分っ！」

　そうして鏡から現れたもう一人の自分は……男であった。
　身長は真央よりは少し高めだが小柄で、夏の学生服を着ている。現れたもう一人の自分が男であるのを認識しながらも、持参していたデジカメで早速撮影を始める。

「ＮＭＲネタ激写なのだ～！　……ってチビなのだっ！？」
『自分の事棚上げすんな！　チビゆーな！　お前もチビだろがっ！！』

　思わず出てしまった真央のもう一人の自分へのチビ発言に反発するかのように、掴み掛からんばかりの勢いで男である自分が口を開いた。
　確かに、真央が男であればこんな感じなのであろう顔立ちと体格だ。真央はもう一度、まじまじと見つめ……溜息を吐いた。

「ショックなのだ～……おじぃや叔父貴みたいに軽く１７０は超えると思っていたのだ～～」
「うっせ～、余計なお世話だ！　それでも俺の方がお前よりでかいわっ！」
「何センチなのだ？」
「う……っ言う必要ないだろっ」
「……やっぱりチビなのだ」

　その言葉は男である自分にとっては地雷だったようで、真央は首元に掴みかかられてしまう。だが真央も女とは言え猟師の家の子として育ったのだ、取っ組み合いの喧嘩は慣れている。
　二人は思う存分暴れていたかと思えば、いつの間にか意気投合したのか笑みを浮かべていた。

「なかなかやるのだ……さすがもう一人の真央ちゃんなのだ」
『お前もな、女にしてはなかなかだ』
「その制服……やっぱりあの高校の海洋漁業コースなのだ？」
「そりゃあ卒業してすぐ漁業やれるからな」

　もう一人の自分が着ている制服、それは真央が男であれば行きたかった学校の物だった。男だったら、猟師を目指したかった。女である事を悔やんだ事がないと言えば、それは嘘になるかもしれない。けれど自分は女で、それは仕方のない事だ。

「羨ましいのだ……、一国一城の主な気がするのだ」
『でも船を買えるまでは当分よそで乗り子しないとだろ』
「あ～、やっぱりそうなのだ～」

　男である自分の話を聞くのは楽しかった、自分がしてみたかった事の話が聞けるのだ。真央はいつしか目的を忘れたかのようにもう一人の自分との会話に夢中になっていた。

「やっぱり一反は着たのだ？」
『とっくだぜ、若いのはそんなに居ないんだから』
「いいのだ、真央ちゃんはこっちで褌サラシを経験したのだ。仮装で金太郎もやったのだ、フンドシ普及委員会なのだ、欠片も悔しくないのだっ」

　悔しくないという真央の表情は誰が見ても羨ましいという顔になっていて、もう一人の自分は笑いを堪えている。それから、真央の褌サラシ姿と金太郎姿を想像して……引いた。

「何がおかしいのだ～～！」
『おかしいだろ！ぜんっぜん羨ましくねぇ……寧ろ恥ずかしいからこっちくんな』
「恥ずかしくなんかないのだっ！　お、同じ真央ちゃんなにの生意気なのだ～」

　同じ自分だけれど、男の自分。真央が昔なりたくて、でもなれなかった自分。うん、と頷いて真央はもう一人の自分を見る。

「昔は男の子に生まれたかったけど、真央ちゃんは今の真央ちゃんで良かったのだ」
『そうか、俺も同じ風に思ってたぜ』
「ネタ取材のつもりで来たけど、話せてよかったのだ」

　もう一人の自分が目を細めて笑う。真央も同じ様に笑う。
　そして、いつしかもう一人の自分は消えていた。