鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●伊予祐の場合

　星ヶ丘寮で執事を営む祐がここへ来たのは、寮でも噂されている寝子島高校の話を確かめようとしての事。よくある与太話、そう思ってやってきたのだ。まさか本当にもう一人の自分に会うとは思ってもみなかった。しかも、もう二度と見ないだろうと思っていた警察官姿の自分が、だ。
　真っ直ぐに、言われた通りになんでもこなしたあの頃。汚い事も、全て。その度に自分と、誰かをもすり減らして傷付けて。その瞳はまるで過去の俺自身だな、と思いながら鋭く睨んでくるもう一人の自分と対峙する。

「よう、俺。何か用でもあるのか？」
『貴方を消させてもらいます』
「はぁ！？」

　問答無用で襲い掛かられる。余りに予想外の展開に祐の反応は僅かに遅れ、いつの間にかその手には手錠が嵌められ両手の自由を奪われてしまう。

「いきなり捕縛する事ないだろ！？　どうして俺を消したいんだ？　お前はただの鏡に映った俺だってのに！」
『俺は怠慢で弱い自分など要らない、正義を行う為には必要ない』

　それは歪んだ正義だ、と祐は思う。まるであの時捨てて逃げたモノがツケを払えと言っているように感じて、知らずに手を握り締めれば手錠の鎖がカチャリと鳴った。
　まるでその音を合図にしたかのように、もう一人の自分が警棒を振りかざして襲ってくる。武器がある分向こうのが有利だ、けれど手が使えなくたって自分は戦える。自分にはこの脚があるのだ。
　そう思いながら自分に向かって振り下ろされる黒い警棒を見やる。覚えのある傷があり、それは確かに過去に自分が使っていた物だ。何度かそれに身体を打ち据えられながら、間合いを見切る。
　所詮は過去の自分の動き、ろっこんの力もある今ならば隙をついて一撃見舞う事も可能だと祐は脚に力を込めた。そして何度目になるかわからない警棒が振り下ろされるその瞬間を狙って蹴りを放った。
　鈍い音がして祐の靴先が警棒を蹴り飛ばし、そのまま返す脚でもう一人の自分に踵落としを決める。低く呻いてもう一人の自分が地面に崩れ落ちるのを、祐は上がった息を抑えながら見つめていた。
　激しく動いたせいか、警棒での責めを食らったせいか、胸が苦しい。身体は悲鳴を上げていたし、汗がじわりと流れてくる。

『く……っ何もかも捨てて逃げたくせに……！』
「そうだよ、俺は逃げた。でもこれで良かったんだ、俺はもう誰かの言いなりになるのは嫌だ……俺は俺として生きる！」
『正義は！　どうなる！！』
「俺はこの島で出会った人々が好きだ、後悔なんかしていない。それが『今』の俺の正義だ」

　後悔なんかしていない、そう自分に言い聞かせるように祐は叫ぶ。

『認め、ない……そんな事、俺は……！』
「お前は俺だ、生きてる限りずっと一緒だ。……俺は大切なものを見つけたんだ、いつかお前にもわかる。だから……」

　苦しげに睨み付けてくるもう一人の自分の首に、祐は両手を置く。

「束の間のさよならだ、俺の影」

　そっと力を籠めると、もう一人の自分は目を閉じて……そして消えていった。否、消えたのではなく、戻ったのかもしれない。そう思いながら立ち上がると、いつの間にか手錠は祐の手首からなくなっており、身体の痛みや負わされた傷も消えていた。
　夢か、幻か。けれどこの胸にある想いは確かだと、祐は感じていた。

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