鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●飛吹勘助の場合

　その大きな体を小さくしながら勘助は校舎を歩いていた。遠くからでもよくわかる190cmもある身長、一見三十路と思われがちな容貌。そしてその腕には、彼がもふもふと呼ぶアンゴラウサギのぬいぐるみ。凄まじいギャップである。
　怖い怖いと思いながらここまで来れたのは、もふもふのお陰だ……そう思いながら歩いていると、いつの間にか勘助は鏡の前に立っていた。そしてその鏡が消えたと思うと、そこには傷だらけで自分よりもがっしりとしたもう一人の自分が立っていた。

「わ、ご、ごめんなさい！　ごめんなさい！　俺はただの通りすがりです、だから腹パンは勘弁して下さい！」
『何を言ってるんだ、俺はもう一人のお前だぞ。そんな事する訳ねぇだろ！』
「え……？　君がもう一人の俺？　全く正反対だ……って、傷だらけじゃないか！　保健室とか、行った方がいいよな！？」

　余りにも自分と違う、もう一人の自分の出現に勘助は慌ててしまったけれど、落ち着いて見れば確かに自分であると認識できた。

『この位の傷、大した事はない』
「でも、どうしてそんな傷……」
『自分を虐めた奴らに復讐をしようと思ってな、喧嘩を売って来た』
「えぇぇ！？　でもどうしてそんな無茶苦茶な事を……？」

　話を聞けば、納得はできた。確かに昔、勘助も考えた事がある。自分を虐めた奴らに、復讐できればどんなにスッとできるだろうと。でも、この寝子島に来てからそんな考えは変わっていった。
　もちろん、今でも恨む気持ちが無い訳ではないけれど、過去に自分を虐めた相手をずっと恨んでいても何も変わらない。復讐したとしても、悲しむ人が増えるだけだと。そして、こんな自分でも嘲笑せずに受け入れてくれる人達もいるとわかったから――。
　そんな思いを聞いてもう一人の自分が少し項垂れるのを見ながら、やっぱりもう一人の自分なんだなと勘助は小さく笑った。

「ところで、君にももふもふがいるのかい？」
『……いじめっ子にズタボロにされてもういない』
「そっか……自分だけじゃなく、もふもふの為にも復讐していたのかい？」

　こくりと頷くもう一人の自分を、勘助はもう怖いとは思わなかった。確かに見た目は全然違うし、自分が草食系だとしたらもう一人の自分は肉食系だ。けれど、その根底にある物は一緒なのだ。

「全然違ってても、もふもふは共通なんだな。……俺のもふもふでよければ、一緒にもふろう？こんな事は滅多にないし、ね」
『いいのか！』

　いかついイメージが一気に可愛いものになって、勘助はつい笑ってしまう。もふもふを渡すと、本当に嬉しそうにもふもふっとするのだ。三十路に見える男が二人、可愛らしい縫い包みをもふっているその姿は、もし見る者が居れば見なかった事にするだろうと言うような光景であった。
　思う存分もふもふを可愛がると、もう一人の自分は笑顔で消えていった。
　きっともう、復讐なんて言葉は頭にないだろう。勘助はもふもふをぎゅっと抱きしめ、桜花寮へと歩き出した。