鏡の中の、あなた。｜リアクション

鏡の中の、あなた。

●立井駒鳥の場合

　もう一人の自分とはどんなもんなんじゃろう？それが駒鳥がここを訪れた理由だった。どうやっても想像できなかったのは、ある意味今の駒鳥自身が安定しているからなのだろう。

「さて、もう一人の俺とご対面といこうかのぅ」

　目当ての鏡を見つけ、その前に立つ。鏡は柔らかな光りを放って駒鳥の前から消えていく。そして代わりにもう一人の自分が姿を現した。同じ身長、同じ体格、同じ顔。ただ違うのは髪を下ろしていて、眉の下がった困り顔をしていた事だろうか。
　目の前にいるもう一人の自分と駒鳥は、ただ只管にじーっと見詰め合う。やがて駒鳥がその指先をもう一人の自分の眉間に伸ばした。

「ほれ、眉間に皺が寄っとるぞ。伸ばせ伸ばせ、癖になってしまうじゃろ」

　ぐいぐいと眉間を押され、もう一人の自分が吃驚したような顔をしたのを見ると、駒鳥は微笑んで踊り場の階段に座らせる。その隣に自分も腰を下ろすと、明かり取りの窓から差し込む月の光りを楽しんだ。
　無言も心地よい……そう駒鳥が思っていると、月を見上げたもう一人の自分が急にポロポロと大粒の涙を流し始めた。慌ててその頭を撫でてやると、零れ落ちる涙を拭きもせずもう一人の自分が口を開いた。

『鳥……覚えておるか？　こんな夜だったな』

　説明不足なその言葉に、駒鳥の胸がふいに痛くなる。切ない、悲しい、寂しい……そんな感情が胸に沸き起こったのだ。そして思い出す、もう一人の自分が自分に言っているのは、昔……小さい時に飼っていた小鳥が死んでいた夜の事だと。
　小鳥が死んでしまった理由は記憶が霞んでいて、わからない。無理に思い出そうとすると頭が痛くなってしまって、駒鳥は思い出すのを止める。

「温かく、小さな……大好きな鳥じゃったな」
『大泣きしたんじゃ』
「今のお主のようにな」

　そうだ、祖父達が悲しむ自分に誰でも通る道だと言って頭を撫でてくれたのだったか。そして、俺が大きくなる頃には――。
　そこまで考えて、駒鳥は悟る。大事な相手を作るのが怖いのは、このせいなのだと。自分は、大事な相手を一生大事にし過ぎてしまう。

「あぁ、お主は俺の中で普段は出てこない激情と記憶……俺の中で仕舞いがちな感情、我侭なのか」

　それには返事をせず、もう一人の自分はただ静かに駒鳥を見つめた。

「なぁ、俺な……気になる子が居るんじゃが、お主ならその最初を覚えとるかな」

　いつからその子が気になっていたのか……その気持ちの始まりを、もう一人の自分なら覚えているだろうか。そう思って駒鳥は問い掛ける。

『内緒じゃ。必要ないじゃろ、大事なのは始まりではなく……素直になって今を頑張る事じゃ』
「……成程、それもその通りじゃのう」

　胸に落ちた煌く星のような言葉は心を暖かくするようで、駒鳥は穏やかな気持ちになる。そうすると、もう一人の自分が強い眼差しを向けて笑うとその拳を駒鳥へと突き出した。
　突き出された拳に自分の拳を軽く合わせて笑うと、いつの間にかもう一人の自分は消えていた。
　鏡があった場所に優しい目を向け、眉を下げて笑う。其処に戻ったか、俺。と―― 。