「いぬ」のお手伝いさん｜リアクション

「いぬ」のお手伝いさん

　　【いぬとのたわむれ】

　綾辻綾花は一瞬我が目を疑った。
　一度、不可思議なねこの世界を垣間見た綾花は、今も時々そちらに向かいたく、その時出入り口となっていたエノコロ岬の大岩を確認しに行っていたのだが──目にしたのは、

　二本足で甲冑を着たいぬ達がカチャカチャと甲冑の音を鳴らしながら、岩の中から出てくる光景。
　
　携帯のカメラに収めてＴＶにでも投稿すれば、採用間違いなしの光景であっただろう。
　しかし、自身がねこの王国にて「猫になり二本足で歩く」という状態を体感してしまっている綾花にとっては、何となく見たままの光景に「そんな事もあるかも知れない」とシンプルに納得してしまった。
　そんな綾花に、最初に出た一匹のいぬが、小走りでそちらの方へやってきた。
　「ひとがいるでござるワン！　早速『お願いをしてみる』でござるワン！」
　それは、小さめなトイ・プードルだった。薄いココア色をした毛並みにくりくりとした瞳が綾花を見つめる。

　「わがはいはいぬでござるワン！『いぬ皇さま』に言われて『人の手伝いをしてくるように』と仰せつかったので、早速何か『お手伝い』をさせてほしいワン。役に立ちたいでござるワン！」
　
　「お手伝い……あなたのお名前はなんて言うんですか？」
　「わがはいは将来を有望視されて、名誉ある『ぽち』のあざなを襲名したでござるワン！　今はまだまだでござるが、これからなのでござるワン！」
　見るからに心もとない。しかし、その熱意に可愛らしさを感じた綾花はそれに小さく頷いた。
　「じゃあ、一緒にお部屋を片付けるのを手伝ってもらえませんか？　一度隅々まできちんとお掃除してみたかったんです」

　「甲冑、重くないですか？　大丈夫です？」
　部屋を片付けながら、心配そうに尋ねる綾花にぽちは必死に頷いた。
　「これはいぬのたしなみでござるワン。お、重くても着こなせなければ一人前とは呼べないでござるワン……」
　苦しげながらも、甲冑の音を響かせ頑張る姿に胸を打たれた綾花はお水とバニラアイスを用意。
　水を飲みながら、普通の犬は食する事の無いバニラアイスを食べてスプーンを持って珍味と喜ぶぽちの姿を、綾花はしかと目に焼き付けた。

　掃除を終えた帰り道、綾花はお土産にドッグフードを購入して、感謝と共にそっとぽちの頭を撫でながらそれをプレゼントした。
　「ちなみに、いぬの世界はどんな世界なんですか？　猫の世界と同じで王様の誕生日をみんなで祝ったり……」
　「いぬの祝い事は、ねこよりも祝い事は更に凄いのでござるワン！　太鼓や笛を鳴らして盛大に……」
　……ねこの祭りを見ていたせいもあるのか、話を聞く限りスケール的には同規模のようだ。ただ、和風と洋風で大きな違いがあるくらいで。
　大岩までお見送りをして、綾花は改めてぽちの頭を撫でる。

　「また遊びに来てくださいね。
　でも、一緒に遊びに行く協定は結ばないのでしょうか……？」
　「分からないでござるワン……しかし、ねこがここまでひとの生活に溶け込んでいると知れば、きっといぬ皇さまも考えてくれるでござるワン！」

　後ろの毛を引かれるようにぽちが帰った後、綾花は部屋で新しい猫メモ用ノートを出して、その表紙に犬メモと記載した。
　そして、最初のページから、目に焼きついた可愛らしい今日出会ったぽちの休憩中のイラストや好みなど記入していく。
　綾花は猫メモ用ノートはたくさん作って来たが、犬用ノートは初めてだった。
　今日の一所懸命なぽちの姿が、あまりにも可愛くて、つい作ってしまった犬用ノート。
　少し、幸せそうに微笑みながら。綾花はそれを静かに引き出しにしまった。