「いぬ」のお手伝いさん｜リアクション

「いぬ」のお手伝いさん

　　【一家にいっぴき】

　キャットロードを歩いていた岡野丸美は、普通の人よりしばらく経ってからその光景が『若干』変だという事に気が付いた。
　甲冑を来ていぬ達が両方の歩道に立っている。皆一概に首に「お手伝いします」の看板を付けて。

　丸美はさっそく、一匹の柴犬に目をつけた。
　ふさふさの毛皮の茶色くてしっかりした柴犬だ
　「ねえ、お手伝いしてくれるの？]
　「もちろんでござるワン！　何でもするワン！！」
　「それじゃあ、私のお部屋でモデルやってくれない？
丁度ルームメイトは帰省中だから、遠慮は要らないよ」
　「『もでる』も『るーむめいと』も意味はさっぱりでござるが、手伝えることがあるならば何でも、お手伝いするでござるワン！」

　そうして辿り付いた丸美の部屋は、とても綺麗に片付いていた。綺麗過ぎて、必要なものまでなさそうな──
　「あれ？　あれあれ？
　透明水彩の一式が、そっくりどっか行っちゃってて、ないよ？　……たしか、夏休みの課題を描くときに…どこへ持って行ったんだっけ」
　丸美はしばらく考え込むが、その原因が思いつかない。
　「ねぇ、柴わんこさん！　お鼻良いんでしょ？　一緒に探してくれないかなぁ」
　「お安い御用でござるワン！　早速お役に立ってみせるでござるワンっ！」
　柴わんこが自慢の鼻をクンカクンカと鳴らせば、僅かに漂う水彩インクの匂いが零れてくる。

　「こっちでござるワンッ！」
　柴わんこが指し示したのは押し入れの中。こんな所に入れたかなと、不思議に思いながらも丸美は押入れを空ければ、そこには透明水彩道具の正に一式が。
　「すごいね！　流石は「犬」なだけあ……」
　「『犬』ではなくて、『いぬ』なのであるワン！これははるか昔からの習慣で……！」
　「あっ、そうだ！
　ついでに、生徒証と自転車の鍵も見つけてくれると嬉しいんだけど。夏休みだからしばらく使わないと思ってしまい込んだら、どこに入れたのか分かんなくなっちゃってね」
　犬の自慢話をべっきべきにフラグをおってしまう丸美。丸美に悪気は一切無く、マイペースで話しているだけであるから、その合間にタイミング悪く話題を差し込んでしまった柴わんこに非がある……と思う。

　しかし、いぬはすぐに立ち上がった。これは純粋にお役に立てるチャンス！　柴わんこはめげなかった。
　自慢の鼻をクンカクンカと鳴らして、甲冑を鳴らしながらあちこちを歩き回る。その状態で１５分が経過した時、
　「こ、ここでござる！」
　柴わんこが示したのは、机の上から２段目の引き出しだった。
　丸美が引き出しを開ければ……見事に出てきた学生証と自転車の鍵。
　「すごい、すごいね。ありがとう！」
　感謝の言葉、それだけが犬を元気にさせる。
　「お、お役に立てたでござるワン？」
　「もう充分お役立ちだよ。ありがとう。
　暑いから麦茶でも飲んでって」

　一仕事した後の、キンキンに冷えた麦茶は最上級のご褒美だった。

　犬が一仕事して、二本足から四本足に戻って、帰っていった後、
　「あ、扇風機も回しとけば良かったかな」
　犬は肉級以外汗をかかない為に、涼が取れる訳ではないが、あれば気持ち的にも少し違ったかもしれない。
　「あー、あの柴わんこにモデル頼むの忘れてた……」
　柴わんこが去ってしまった後、アーティスティックな絵を好む丸美は痛恨とばかりに、去ってしまった彼に向かって後悔一杯に頭を抱えてしまった。