羽根が生えるまで｜リアクション

羽根が生えるまで

「ううっ……」
　並ぶ端から焼き鳥を平らげていたイヴが、不意に具合悪く呻いた。胸を押さえ、唇を押さえる。ふらりと立ち上がる。
「おい、イヴ？」
「……女将！　トイレ借りるネ！」
　心配した柘榴が伸ばした手を振り切り、イヴは勝手知ったる店の奥の手洗いに駆け込んで行く。
「おいおい、大丈夫か」
　女癖の悪い組長が、冷酒の小瓶を店員から受け取りながら店の奥へと首を向ける。
「介抱してきてやろうか」
「やめろ」
　人の悪い笑みを浮かべるヤクザを一喝して、柘榴はふと気付く。そう言えば、娘が出来たのが分かったのもこの店だった。
「……ハン、ここには世話になってるな」
　何気ない風を装いひとりごちつつ、心なしか顔色を青くした柘榴が椅子から立ち上がりかけた時、
「……前にもこのパターンあったような……」
　首を傾げながらイヴが戻った。女将から冷たいお絞りとお冷を受け取り、いつもと変わらない元気な声で礼を言う。手と口元を拭い、美味しそうに水を一気飲みして、
「柘榴！　どうやら赤ちゃん出来たみたい！」
　さらりと爆弾発言をする。　
「なッ……？！」
「だってこれ、娘が出来た時と一緒ネ！　つわりも心当たりもあるし……多分そうだヨ！」
　衝撃の告白に狼狽える夫の手を取り、イヴは全身で喜びを表す。
「やったネ柘榴！　家族が増えるヨ！」
「お、おいコラ、跳ねんじゃねえ、座れ座れ」
　柘榴は身重が判明したらしい妻の肩を抱く。甲斐甲斐しく背中を擦り、剥き出しの腕を擦る。イヴの体を心配しながらも、
「よくやった」
　喜びに掠れる声で褒める。堪らず妻の身を抱きしめる。
「めでてえなあオイ、こうなりゃ祝杯だ祝杯！」
　神無組の組長が華やいだ声で立ち上がる。
「てめえらも好きな酒頼め、奢りだ奢り」
　立樹と透ならず、焼き台の前に立つ店員や女将にさえも酒のグラスを回し、
「妊婦は飲んじゃならねえな。女将！　イヴにはグレープフルーツジュースでも出してやってくれ」
　妊婦への気遣いさえ見せ、店内の全員に杯を行き渡らせる。
「毒島、音頭取れ」
「ありがとよ」
　自分事のように喜んでくれる任侠に笑いかけ、柘榴は酒のグラスを掲げる。ビールジョッキをジュースのグラスに持ち替え、イヴが続く。
「乾杯」
「乾杯ネー！」
「飲むぜ、鹿黒、松崎！」
「いやァ、めでてえなァ」
「大事にしてやってくだせえ」
「おめでとーございまーす！」
「……おめでとうございます」
　それぞれがそれぞれに祝辞を述べ、グラスを傾ける。
　賑やかに続く祝宴のその端、神無組の若き組長は新しい酒を己が『家族』のグラスに注ぐ。
「何かありゃ力を貸す」
　眼鏡の奥の瞳に力を籠め、松崎と鹿黒を見詰めて誓う。
「その時はちゃんと言え。俺を蚊帳の外におくな」
「ありがとうごぜえやす」
「うん、ありがとうなァ」
　人情に篤い任侠達は固めの杯を交す。
　揃って酒をあおって、
「いやしかしよく飲んだなァ」
　暖簾がグラスを抱えたまま天井を仰いだ。とろり、瞳を閉ざす。
「今日はよおく世界が回って――」
　――良い酒を、飲んだ。