寝子島駅のロータリーを過ぎて、参道商店街の細い路地を何本か入る。
昔ながらの住宅が並ぶ路地のどん詰まり、ぽつり、と赤提灯が掛けられた軒がある。
ビールケースに半ば塞がれた引き戸の出入り口には煤けた縄暖簾、黄色いパトランプのついた電光看板には『やきとり ハナ』の文字。
真昼の太陽を仰ぐ。
肌をじりじりと焦がす太陽の強さに圧され、居酒屋らしい店の軒の影に思わず身を寄せる。
道に向けて設けられた換気扇から、炭焼きの鳥の匂いと煙が吐き出されている。閉められた戸の向こうから、この昼日中から焼き鳥を肴に呑んでいるらしい大人の暢気な笑い声が聞こえる。声の嗄れ具合からして、年配の男性だろうか。
思わず、脳裏をイケナイ妄想が過ぎる。
いい具合にタレの焦げた鶏モモ肉に噛り付く。焼きたての肉の熱と油とタレを冷えたビールで流し込む。喉に流れ込む冷えたビール。表面だけ焼いた新鮮ぷりぷりの鳥肝、歯応えの独特さがセセリ、脂の弾けるぼんじり、あとビール。なにはともあれビール。
海の近い居酒屋には、きっと今朝方海で上がったばかりの新鮮な魚もあるだろう。ひんやり舌に乗って脂を溶かしていくスズキやシマアジ、ブリの子供のツバス。うまくすればハモやウナギにもありつけるだろうか。あと冷や酒。
真夏の太陽をもう一度仰ぐ。
紛うことなき真昼の空。蝉時雨に沸き立つ入道雲、照りつける太陽。道の果てにはゆらゆらと陽炎。
真昼間のこの時間、絶好調な太陽には敵わず、路地に人通りは絶えて無い。
「…………」
額から首筋から、汗が噴き出す。ごくり、と喉が鳴る。
くるり、踵を返す。引き戸を勢いよく開ければ、炭火の匂いと冷房の風が押し寄せた。
「ぃらっしゃいませー」
「はい、いらっしゃい」
七人も入れば満員になってしまう、狭いカウンター席だけの店内には先客が二人。一番奥の席で腰を据えて昼間から熱燗を呷る白髪頭の老人と、真中の席で焼き鳥とご飯を黙々と食べる背広の中年男性。
「お好きな席に座ってね」
老人に酌をしていた割烹着姿の老婆におっとりと勧められるまま、適当な席に着く。
「どうぞ」
炭火前に張り付いていた短髪の大男がカウンター越しに冷たいおしぼりを差し出し、厳つい顔を僅かに笑ませる。熊のような大男の容貌が、笑った時だけ人懐っこい愛嬌を得る。
「さ、何にしましょう」
こんにちは。
羽根が生えるまで焼き鳥食べて昼酒かっくらいませんか。
昼日中の酒は回るのが早い気がいたします。阿瀬春と申します。
今回は、旧市街にある、古くて小さい居酒屋での一幕をお届けしたいと思っております。
昔ながらの居酒屋、です。全然お洒落ではありません。
店の奥では昼酒飲むまるでだめな爺さんまで居たりしますが、割烹着の婆ちゃんと店員の大男同様、話しかけない限りは無害です。サラリーマン風中年男性も食べてるだけの飾りです。
昼酒を飲むに至った理由を聞かせてください。
娘さんが相手してくれないとか、上司がなんかもうイヤンだとか、暑いからとか休みの日には決まってこの店で飲む常連客だとか。
偶然居合わせた誰かと飲みながらお話しするのもいいかもしれません。愚痴を零しあうのもたまにはいいかもしれません。絡み酒されて困りきるのも、まあ、たまには。
そんなこんなな酔っ払い空間なので、学生さんが混ざりこんでしまいましたら結構な確率で酔っ払いに絡まれます。でもってもちろん未成年の飲酒は禁止されております。ご注意ください。
それでは。
芋焼酎の瓶抱えて、ご参加、お待ちしております。ビールもチューハイも日本酒もあります。
居酒屋にありそうなメニューは大体揃ってます。