【５】

「たわばっ！？」
　新井 すばるが播磨に引き潰された。
　ぴくぴくと体を痙攣させ、息も絶え絶えである。
「ふぅ、着ぐるみを来ていなければ死んでいた……」
　だが、何事もなかったかのようにムクリと起き上がる新井。
　何故か校内にもかかわらず、彼は実家の魚屋のマスコットである『ちくわくん』の着ぐるみを装着していたのだ。
　理由は聞いてはいけない、多分。
　ともかく、一命を取り留めた新井は着ぐるみに違和感を感じた。
　後頭部のあたりに感じる毛の束。これは、ポニーテール！！
　そして頭の上がなんか重い。手を伸ばせば、付けた覚えのないおっきなリボンが。
　鞄から鏡を取り出し自分を写してみる。思わず声を上げた。
「ちくわくん着ぐるみが！　ちくわちゃん着ぐるみになってる！　なんというろっこんだろう！」
　なんと、性別反転は人体だけではなく着ぐるみまで効果が及んでいた。
「素晴らしい！　ボクが練り物界のモテ可愛ゆるキャラになってる！」
　昂るパッションが新井をくるくるターンさせる。
「あはっ♪」
　パチリとウィンク。
　しかし、どんなに可愛さを振りまいたところで、使うシーンが見当たらないのは残念である。
「こうなったら普段入れない女性オンリーのスペースを見に行こう。なに、やましい気持ちなんかじゃないさ。探偵としていざという時に、機能や構造を知っておくべきだからね、うん」
　何やらブツブツと独白する新井。
　ちくわちゃんの表情は天使のように清らかな笑みを湛えている。
「知りたいといえば女性の体も……、いや、これは夜のお楽しみにとっておくか……」
　天使の笑みのまま、赤い２本線を鼻から垂れ流す新井。
「探偵として、女体の謎を解明するよ！」
　結局、新井は覗き魔として行動するそうです。

　横嶋 下心はオープンスケベである。
　オープンすぎるスケベである。
　彼は常に性欲全開だ。そして好き嫌いは全くない。
　それは肉団子とか戦車とか散々言われている播磨に対してもそうだった。
「おっぱいが見たいです、おっぱいが見たいんです！」
　最初っからこれである。
　播磨というもれいびの上級生が暴れてパニックになっていると聞いた。
　相手が女。横嶋にとって、動くか動かないかはそこの一点に限った。
　ちょうど運良く、播磨が横嶋目掛けて突っ込んでくるではないか！
「播磨さーん！」
　全力で駆け寄る横嶋。
　開口一番、叫んだ言葉は！？
「ブラジャー取って、おっぱいを見せてくれ！！」
　横嶋はキメ顔で言い放った。
　本当なら「君の傷付いた心を開いてごらん？」なんて言うつもりだったが、欲望が勝ってしまった。
　しかし、彼にとっては通常運行である。
「ちょっと君！？　馬鹿なこと言わないでちょうだい！」
　ずっとタックルを避けながら播磨の近くで説得を続ける尾鎌 蛇那伊から叱責が飛ぶ。
　でも横嶋はそんな言葉に折れる漢ではなかった。
「エロくて何が悪い！　エロいことしないと子孫繁栄できないだろう！？」
　真剣な表情で叫んだ。叫んでしまった。
　横嶋の脳内には性欲しかないのだ。
「播磨さん！　おっぱいを……！」
「いやあああああっ！」
　播磨、顔を真っ赤にしながら激昂！
　横嶋の襟元を掴み、播磨自身の体まで引き寄せる！
　そのまま体のバネを使って背負い込み、足を跳ね上げる！
「あらやだっ！　大外刈りが綺麗に決まったわねぇ！」
　横嶋の体は180度回転し、背中から床に叩き付けられた！
「男って最低ー！！」
　叩き付けられた横嶋の上を、播磨と尾鎌が踏み付けていく。
「あ、ごめんなさいね？　どかないと通行の邪魔よ？」
　一言忠告をしたあと、尾鎌は再び播磨を追う。
「……くたばったと思った？　残念！　エロは不滅だよ！」
　しかし、横嶋はエロで復活できる漢だった！
　そして女体化した体に気が付き、エロの心が燃え上がる！
「播磨さんの通ったあとを辿れば、おっぱい見放題じゃないか！」
　転んでもおっぱい優先の横嶋だった！

　金堂 睦月は如何にも極道っぽい強面且つ高校生には思えない風体が特徴の男子生徒である。
　しかし、今は播磨のろっこんで女体化してしまっている。
　思わず「姐さん！」と叫びたくなるほどの女性になってしまった。
「むぅ……、胸がきついのう、さらしを少し緩めたほうがよさそうじゃな……」
　反転していない男子生徒もいるというのに、平然と廊下でさらしを直し始める金堂。
　彼は性別反転しても全く動じず、普段通り過ごしていたのだ。
　ある意味、強靭な精神構造といえよう。
「む、いかん。ちょいとさらしを緩めることに集中しすぎて胸が揺れてきおったぞい……。女性はいつもこんな重い物を揺らしてると思うと少々不便じゃな……」
　思いのほか大きい乳房がポロリと溢れると、反転していない男子たちは目を背けつつ前屈みになってしまう。
　残念ながら、ここで克明にそのポロリを描写出来ないのがとても残念である。非常に残念である。
　そんなワガママな胸元に注がれる熱視線。
「む、なんじゃ？　こっちをじっと見て？　なにかわしについておるのか？」
「おっぱいに決まってるだろーォォォ！」
　暴走した横嶋が金堂の胸の谷間にダイブ！
「ふおぉぉっ！？」
「ひゃっほォォォー！　おっぱいおっぱい！　男同士だから問題ない！」
　金堂は最初、何をされているのか理解できなかった。
　何故、目の前の男装女子は、こんなに必死になってむしゃぶりついてるんだろう？
（――ああ、そういうことじゃな……）
　金堂はある説話を思い出していた。
　兎が野垂れ死にかけていた老人の命を救うべく、自ら火の中へ飛び込み、自身の肉を食べてもらう捨て身の慈悲行を。
　老人の正体は帝釈天で、兎は帝釈天の手によって月へと昇ったという。
（……目の前の娘はきっと、心身ともに可哀想な奴なんじゃろうなぁ。家庭環境とは恐ろしいのう。母親の愛情に餓え、幼児返りしてしまったぞい……）
　既に目の前のことしか見えていない横嶋を見詰め、目尻から涙を１つ零す金堂。
（本当に可哀想にのう……。わしでよければ、いくらでも好きにせぃ……。それで前へ向いて歩けるようになるのなら、わしは本望じゃ……）
　金堂の（間違った）献身ぶりに、周囲の者まで涙を誘う。
　ただのセクハラ現場が、金堂の美談へと昇華した瞬間である。

　その様子を、北美浜 薫子と常盤 四月がヨダレを垂らしながら鑑賞してた。
　今回の騒動の女子のエロ担当である（現在は２人とも男性化）。
「すべてを受け入れ、為されるがままとは！　やははー、滾るのう！」
「相手も凄い攻めっぷりだね！　受け止める側の慈愛に満ちた表情も参考になるよ！　鬼畜攻め×慈愛受け！　次の新刊は未体験ゾーンに挑戦だね！」
「それはなかなか耽美な内容になりそうじゃな？　下読みは任せてくれんかのう？」
「えぇ、お願いするわ。連絡先を交換しよ？」
「もちろんじゃとも」
　がっちりと組まれる両手。腐敗臭が半端ない。
　ついでに、２人の身体の一部が異常な反応を示して半端ない。
　満足した２人は、しばらく女体化や男性化について、教室へ移動しながら熱く議論を交わす。
　一通り終わると、北美浜が尋ねた。
「さて、うちは実際に女体化した男子を揉みしだきに行くかのう。四月はどうするんじゃ？」
「ＢＬを実体験！　……の前に、男臭い男子更衣室で男子の裸体を網膜に焼き付けてくる。デッサン力向上のために！」
「性的な意味で、じゃろ？」
「ぐふふふふ……」
「やはははは……」
　いやらしく顔を歪ませる２人。
「それじゃ、収穫あったらメールするよ」
「気を付けるんじゃな？　なにやら変態撲滅を掲げる輩が彷徨いているそうだ。覗きを敢行する四月は特に警戒したほうがいいのう？」
「の、覗きじゃないってば！　男子が男子更衣室に忍び込むだけだよ！　そっちこそ気を付けてね！？」
「やははー、うちのことは心配しなくてええから！」
　顔を赤らめ、走り去っていく四月。それを見送ったあと、北美浜が得物を見付けるべく彷徨い始めた。
「男になった四月のような、ベイビーフェイスな可愛い男子もいいが、やはりうちは女体化した男子を弄り倒したいのう！」
「へぇ、そんなことしたいなんて、とんだ変態だね？」
「変態とはなんじゃ！？　うちは淑女……」
　振り返ると、逆巻が空中を跳んでいた。
「こんにちわ。僕の名前は逆巻。そして……」


　さようなら――


　何かが潰れる音がした。