【１】

　※ののこは授業中、居眠りでこの騒ぎに気が付きません。


　屍 骸が体操着に着替え、身体測定に備えていると……。
「うわぁァァァァァん！　もうおしまいよー！！」
　暴走する肉弾戦車、播磨 愛李子が屍の身体をブチのめした。
　身体の虚弱さに定評のある屍、たまらずキリモミ状態のまま廊下の壁に激突した。
「……なんだアレ。腐れやべぇな……」
　体中が痛むが、幸い骨折などしていないようだ。
「とりあえず俺の貧弱な体が無事だったのは良かった。全身バッキバキになっちまったかと冷や冷やしたぜ」
　体の異常を確かめるために触診をし続けると、違和感を覚える屍。
「ガリガリだった俺の体に若干の肉がついてやがる！　いや、まあ痩せてる事に変わりはねぇんだが！」
　身体がガリガリからプニプニになっていた。
　胸元を調べる。
「胸の辺りも膨らんで――ねぇな、あんまり」
　ほっと胸を撫で下ろす。でも、やっぱりプニプニだ。推定Aカップ。
「いやいや、漫画で王道の『ぶつかったら性転換』なんて展開とかよ、ありえねぇよな。ないないない……」
　ハハハ、と乾いた笑いをしながら屍は窓ガラスにうっすら映る薄幸な少女の姿を眺めながら、戦慄していた。
「腐れやべぇってレベルじゃねーぜ！？」
　すぐさま近くのトイレに駆け込み、自分の姿を確認。
「うわあぁぁ！　肌が白い！　土塊色じゃねぇ！？　いや、不健康そうなことに変わりはねぇんだが！」
　ゾンビのような屍人然とした彼の姿ではなく、如何にも病弱な貧乳少女が写っていた。
　髪はざんばらではあるがショートの黒髪で、儚げに微笑めば世の男どもは慈愛の手を差し伸べずにいられなくなるだろう。
　念のため股間も確認。
　……ωは行方不明でした。
「なんてこった！　性別変わってやがる！　……あれ、これはこれで別に困らないんじゃ？」
　待てよ、と首を傾げる屍。
「むしろ顔色良くなってやがるし。性別は変わってるが。顔もなかなか可愛い気がするし。性別は変わってるが」
　……そして冷静になってみる。
「いや、性別変わってるのは一番の問題だろうよ！　っつーか、初見じゃ『誰だお前？』じゃねーか！」
　鏡の向こうの自分にツッコミを入れてしまうくらい気が動転していた。
「この摩訶不思議現象、間違いなくろっこんだよな。……とりあえず他の様子を見てまわるか」
　廊下で巻き起こる悲鳴を耳にしながら、ゆるりと薄幸少女・屍は様子を見に回ることにした。

「なんかさわがしーなぁ……？」
　桐野 正也は廊下で巻き起こる悲鳴を聞いてふらりと教室から出てきた。
　そこへ眼前へ迫り来る猪突猛進ガール、播磨の姿が！
　同じクラスの播磨が泣きながら突っ込んでくるのを見た桐野。
　落ち着かせようと声を掛けに行った
「おい、播磨ー？　前見て走らないとぶつか、るぐふぅ！？」
　しかし、既に桐野をぶっ飛ばしたあとだった……。
「きりのん、大丈夫か？」
　クラスメイトの志波 武道が苦笑しながら近寄る。
「馬鹿！　来るな！」
　桐野が静止するが時すでに遅し。
「うわあああァァァァん！！」
　暴走する播磨がＵターン！
　志波は播磨に轢かれてしまった。
「ぎゃあああっ！？　俺の右肩がぁぁ！？」
　脱臼している右肩にダメージが及んだようだ。
「しばっちー！！　傷は浅いぞー、多分ー！」
＜形だけでも涙したほうが絵になるよな……＞
　桐野が志波を抱きかかえ涙する。
　目薬をさしながら。
　桐野のろっこん『思ったー』による心の中の吹き出しが具現化されているため、本音が丸出しなのも残念至極。
「みえみえの嘘泣きじゃないか……」
　白目を剥いて力尽き掛ける志波。
　だが、両者ふと気が付く。
「「ところで、どちら様？」」
　桐野はショートカットのボーイッシュ少女に、志波は髪が伸びてアイドルのような黒髪清純派少女になっていた。
　ちなみに、胸は桐野（C）＞志波（AA）だった。
「「もしかして、播磨にぶつかってこうなった？」」
　両者、自分の身体を確認。
　そして再び顔を見合わせ叫んだ。
「「おいおい、女になってるじゃねーか！！」」
　ハモるタイミングも揃うほどの驚きだった。
「よぉ、二人も性別変わっちまったか。俺だよ俺、屍だ」
　ふらりと病弱少女と化した屍が二人に声を掛ける。
「「かばねん可愛い！？」」
「どんだけハモるんだよ、お前ら……」
　でも可愛いと言われて、恥ずかしそうに顔を赤らめる屍だった。

　播磨は錯乱しているためか、しばらく２年の廊下を往復していた。
　そのため、被害者はどんどん増える一方だ。
　北美浜 薫子も先程播磨にぶつかって♀→♂となった１人だ。
「……おー、立派じゃー……」
　自身の股間をまさぐり、♂のサイズを確認する北美浜。
　自称歩くセクハラ。自分の♂だから恥ずかしくない、はず。
「胸は元からフラットだから問題ないけんのう……」
　ふっ、と自嘲しながらも、目の前の惨劇の状況に何があったか素早く理解していた。
「背も伸びたのう、骨格も完全に男子じゃな……、ふむ」
　いやー、まいったのぅ……、えらい事になったのぅ……。
　呟きながらそそくさと男子更衣室から誰かの体操着を拝借。
　灰色の長い髪をリボンで１つに束ねる。
　すると、見た目はキレイ系イケメンが完成だ。
「よし、行くか」
　眼光鋭く、口元はいやらしく歪む。
「～♪～～♪～♪　もうすぐ～男子の身体測定～♪　やはははー……♪」
　こうして、『見た目はイケメン、中身はスケベ親父』が校内に解き放たれた。

　北美浜だけではない。
　どさくさに紛れて、変態行為に出るものが後を絶たない。
　しかし、ここに嫉妬に狂う変態がいた。
「畜生ぉぉぉぉォォォーッ！」
　鈍蔵 鋼成は鼻血と涙を流しながら生徒会室へダッシュしていた。
「男が女になる……だと……？　くっ、この俺が弱視なばかりに男子更衣室が女だらけのこの天国が見えないなど……！　うぉおああああ！！！」
　物珍しさにきゃっきゃウフフの声が聞こえる！　羨ましい！
　触らせろと乳繰り合う声が聞こえる！　憎たらしい！
　記念とかで写メする音も聞こえる！！　俺も見てぇ！
「だがッ！　俺には、弱視の俺にはッ無理なんだよォォーッ！」
　その表情はまさに羅刹の如く。
　男子更衣室で繰り広げられている女体化祭りに、指を咥えているしかできない鈍蔵の心を熱く燃え上がらせる嫉妬の炎。
　バンッと生徒会室の扉を開き、生徒会長の机の上に胡座をかく鈍蔵。
　そのまま腕を組み、目を閉じた。
「さーて、復讐してやろうじゃねーの。この俺を出し抜いたお返しだ。変態どもはぶっ潰す……！」
　ろっこん『千里眼』、発動ッ！
「確か、性別反転させているのは播磨って団子ちゃんだったな。そいつの周囲を監視すれば……」
　目を閉じながらスマホを取り出し、いつでもアプリ起動できるように準備する。
　情報を逐次ねこったーでリークすることで、ネット内での拡散を狙う作戦だ。
「さぁて、引っかかってくれよ？」
　と、そこへ。
「誰かおるん？」
　一片 桃花が生徒会室へやってきた。
　播磨の暴走を受け、問題解決の為に動く途中で寄ってみたのだが。
「……鋼成はん、こないなとこで何してはるんどす？」
「うぉ！？　なんだ、９組の一片か……。驚かせるなよ。生徒会長かと思ったぜ」
　ろっこんを慌てて解除し、すぐに取り繕う鈍蔵。
「２年の廊下で騒ぎが起きてる。何か出来ないか、ここで考えてたんだ」
　真剣な鈍蔵の表情に一片は全く疑いもせずに納得顔。
「鋼成はんは真面目な方どすなぁ。私もお手伝いさせてほしいんやけど」
「ああ、じゃあ……、人払いを頼む。実はこの事件、生徒会で極秘に処理する案件なんだ」
　内緒だぜ、とニカッと微笑む鈍蔵。
　本当はろっこんを内緒にしている手前、これ以上、人が集まらないようにしたかっただけなのだが。
　だが、一片は真に受けて神妙な顔付きに。
「そ、そないな大事な案件やったんや！？　任しとき！　私、生徒会室には理事長だって入れさせへんから！」
　ぐっと力を込めて頷く一片。
（そういや、礼二はんなら解決してくれるやろかぁ？　あの子頭えぇからなぁ？）
　生徒会室を飛び出すと、片はスマホで加瀬 礼二に連絡を取ってみる。
　しかし、残念ながら連絡が取れない。
「……仕方あらへん。私は自分の仕事を全うする！」
　生徒会室に門番が誕生した。
　一方、生徒会室。
「まだ同時見える映像は２つ３つだけだが、なかなか快適だぜ……」
　鈍蔵、現状持てるろっこんをフルパワーで発動させる！
「ヒャッハー！　見える、見えるぞー！」
　この鈍蔵の行動が、のちの校内の変態狩りの一助となる。