伝説のジャンボらぁめん｜リアクション

伝説のジャンボらぁめん

プロローグ

　それは旧市外の表参道商店街の東の隅『はらべこ』開店一時間前のことだった。
　店の裏にある鍵付きの大きな業務用のゴミ箱へ、仕込みの際に出た生ゴミを二袋放り込んだ老店主――霞源次郎はそこでやっと振り返る。
「取材、だと？」
　眼光鋭いのは現役猟師であるためか。源次郎の放つ歴戦の老兵のごとき迫力に、うら若きメイド――檜扇舞華は怯むことなく向き合っていた。
　彼女はその幼さを残す可愛らしい外見とは裏腹に、なかなかの胆力を持っていた。それに源次郎はにやりと笑う。
「開店までまだ時間はあるな。……よい、もう一度始めから話してみよ」
「ネコネコ動画の生放送で、この『はらべこ』名物辛うまジャンボラーメン挑戦の様子を取り扱いたいんです。もちろん仕事の邪魔になるようなことは致しません。あたしの挑戦と、店での撮影許可をいただけませんか？」
　真摯な舞華に源次郎はひとつ頷く。
「仕込みの真っ最中に押しかけるようなら、いくらおなごの頼みだろうとも断るところなのだがな」
　しかし舞華は礼儀を弁え、仕込みが終わるまで待っていた。店内の様子を覗き見ることなく、いつ終わるかもわからないの暑い外でだ。
「……ふむ、他の客と一緒に食べるのならばお主が挑戦しようと構わん。そしてそのにゃんにゃん動画とやらだが――」
「ネコネコ動画です」
　舞華は即訂正する。源次郎はラスボス臭漂うものの一応はお爺ちゃんらしく、今時の若者文化には滅法弱かった。名前の間違いに地味に耳を赤くして恥ずかしがっている。
「……う、うむ。そのネコネコ動画に使う撮影だがな、聖域である厨房へ入らないと確約するのであれば許可してやらんこともない。違えた場合はそれ相応の折檻を覚悟しておけ」
「もちろんです。厨房には立ち入らないことを約束します」
　舞華の真摯な視線は変わらない。それに源次郎は愉快そうな笑い声と共に肩を揺すった。
「――よし、よい返事だ。ならば取材を許可しよう」
　条件付きではあるものの、あっさりと撮影許可は降りた。
「ありがとうございます！」
　礼を言う舞華だが、ふと疑問に思う。口コミは数あれど雑誌には載らない『はらべこ』の撮影含む取材許可。断られるかもしれないと覚悟していた舞華はやや拍子抜けしていた。
　その疑問の視線に気づいた源次郎は快活に笑った。
「寝子島の者の頼みは無碍にはせんよ。それに店の宣伝をしてくれるのはありがたい」
「そう言って頂けると助かります。では先に代金をお支払いしますね」
　舞華は完食を目指しているが、取材にハプニングはつきものだ。
　万一のため、ラーメンの代金を先払いしようとする舞華だが、それは源次郎の鋭い眼光によって止められる。
「娘よ、お主は辛うまジャンボに挑戦するのであろう？　ならば代金は敗れた時のみ支払うのが道理。挑戦する前に敗者となるでないわ……！」
「店主……！」
　念のため、地域密着型なラーメン店での会話である。
　あくまで大食いチャレンジ。別段ラスボスに勇者が挑みに来たわけではないことを追記しておく。
「そろそろ開店時間。お主も準備をしておけ。……この風向き、挑戦者が来るぞ！」
「望むところです……！」
　ここに店主の許可の下、初の辛うまジャンボラーメン挑戦の取材が開始されたのである。

このページにイラストを設定する