伝説のジャンボらぁめん｜リアクション

伝説のジャンボらぁめん

第一章　　　開店来たる、第一陣の挑戦者

　鏡の中の自分はいつものように元気いっぱい。コンディションはばっちりだ。
　健康的な顔色に満足した後木真央はにっこり笑顔になる。それは自分自身を鼓舞するためでもあったのかもしれない。
　午前七時に起床し、朝食はうどん一玉。辛うまジャンボラーメン挑戦スタートという今日のために、三日前からうどん三玉を食べて胃袋を慣らしていた真央にとっては少々物足りないくらいだ。
（これが真央ちゃんのベストコンディションなのだ……！）
　食キング（しょっきんぐ）を目指す以上は避けては通れぬこの関門。ならば見事制覇してみせようではないか。
「無料券が問題ではないのだっ！　オッチャンさんと同じなのだ、食キングとして避けて通れぬ戦いなのだ～！」
　真央は気合十分に小さな拳を青空に突き上げ、猫鳴館を飛び出した。
　そして到着した表参道商店街の東、『はらべこ』の前にはまだ誰もいない。一番乗りの高揚感に真央は楽しそうに笑う。
「うおっ、気合入れて来たのに二番乗りか……」
　一番乗りを狙っていたらしい少年――握利平がぼやく。
　それに気づいた真央は振り返り「あ」とぱちくりと瞬きひとつ、すぐに人好きする笑顔を向けて手を振る。利平も「お」と呟き、顔見知りへと挨拶代わりに手を振り返した。
　何故なら真央と利平はお互い猫鳴館で暮らす寮生仲間。互いの名前は知っている。
「ふっふっふ、残念なのだ利平ちゃん。一番乗りは真央ちゃんなのだ」
「俺の方が後木より先に寮を出たと思ったんだけどなぁ……」
「陸上部の脚力はすごいのだっ。……って、利平ちゃんも辛うまジャンボに挑戦するのだ？」
「もちろん！　今年こそは制覇してみせるぜ！」
　辛うまジャンボラーメンの挑戦に、男女の垣根などないと利平は考えている。
　それは経験に基づくもの。利平は小柄な真央が挑戦成功したとしても驚かない。というか驚けない。去年はいろいろあったのだ。
「ん？　ポスターに何か追加されてるな」
「ほんとなのだ」
　二人は店舗の壁に貼られたポスターを覗き込む。ポスターには追記の張り紙が張られていた。

『　本日、辛うまジャンボラーメン挑戦取材のためカメラが入っております。　　　　　　　
参加者の方はカメラへ名前とコメントをお願い致します。何卒ご了承ください。　』

　――と。
　それに二人は顔を見合わせた。どちらともなくニヤリと笑う。
「燃えるな。これは見事辛うまジャンボを制覇しないと男が廃るぜ」
「最高の挑戦になりそうなのだっ」
　メラメラと闘志を燃やす利平と真央。そんな彼らに声がかかったのはその時だ。
「よくぞ来たな、挑戦者……！」
　ガラリと『はらべこ』の引き戸が開き、源次郎が現れた。その手には店の看板である赤暖簾が握られている。
「くくく……！　去年の雪辱を果たしにきたか、握の孫よ。寮暮らしは快適か？」
「ああ、快適だ。俺はもう親元で甘えるガキンチョじゃないからな。……だから、霞さん。『握の孫』と呼ぶのはここでおしまいにしようぜ」
　不敵に笑う利平に源次郎は面白そうに目を細めた。
「ほぉう……？　利平よ、今年は並々ならぬ自信があるようだな」
「もちろん……ある！！」
　利平は力強く頷いた。
「俺はこの日のために地道なトレーニングを重ねてきた。今日の俺は一味違う！　ラーメン一年間無料券、いただくぜ！」
「真央ちゃんもトレーニングはばっちりなのだ！　食キングを目指す者として、伝説の辛うまジャンボラーメン制覇させてもらうのだ！」
「その意気やよし。我が挑戦に見事勝利して見せい、若人よ！」
　赤暖簾を店先に掛けると、源次郎は若き挑戦者に不敵な笑みを向けた。
「『はらべこ』開店じゃ……！」

このページにイラストを設定する