寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在｜リアクション

寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在

　そして、重い空気の満ちる中、教室には新たな生徒が４人、いつの間にか着席していた。
　倒れた椅子も、転がったチョークも、乱れた弁天さまの服でさえ元に戻っている。
　ただ、弁天さまに羽衣はなく、教壇のそばにひふみの飛ばした紙飛行機が残されていた。
　消えた者達を『なかったこと』にされたように感じて、生徒達が動揺する。

（これ以上、誰もあの影に連れて行かせない）
　恵御納夏朝は、消えた者達への心配を堪え、真央と瓢の代わりに座る事になった美野梨と達磨に、身振りで音を立ててはいけない事を伝えた。
　２人がすぐに状況を理解してくれたのを見て、夏朝はほっと胸を撫で下ろし、ようやく鳴らないように細工出来た首元の鈴をぎゅっと握った。

　最初に机の中と制服ポケットを慎重に探した結果、定規や消しゴム、未使用の『ねこシール』を３枚見つけていた。幸い、シールはビニールから出してあったので音を立てる心配はなかったが、問題は鈴だった。
　定規で鈴と首輪とのつなぎ目を擦り切ろうとしたが、上手くいかなかった。
　練り消しゴムか、粘土があれば良かったのだが、残念ながら固形の消しゴムしかなかった。
　仕方なく、消しゴムを慎重に机に擦り付け、消しカスから練り消しゴムを作り、鈴の隙間に詰めていった。
　作業中、ずっと鈴が鳴らないように抑えていたので、鈴の音を止めるまでにだいぶ時間が掛かってしまった。
　その間、瓢や真央達が黒い影に襲われても助ける事が出来ずに、歯痒い思いをした。
（もう、誰も黒い影に渡さない）
　脳裏に、真央と瓢を角で貫き、がおーまでも餌食にした牛の形の黒い影の姿がよぎる。
（あの黒い影は…牛？）
　夏朝は、鈴島の古代遺跡の事を思い出した。遺跡に封印されてたナニカは牛に似てたらしい。
　遺跡には、猫や人々が描かれたという壁画もあった。
（もしかして、解放された『牛』が、猫に見立てた僕達に、何かしようとしているの…？）
「……」
　しかし、いくら悩んでも、答えは出なかった。

　夏朝の隣の席で、教室の新しい生徒となった神野美野梨もまた、答えの出ない問いに思考を巡らしていた。
（この事象には、何の意味があるのかしら？）

　美野梨は冷静な眼差しで教壇を眺めた。
　壁の掲示物は、本物なのか偽物なのかわからないほど、手の込んだ作りだ。
　ただのイタズラでここまで作り込むのは割に合わないだろう。
　壁の時計をしばらく観察していたが、動いているように見える。
　教壇弁天さまは津止先生のコスプレに見えるが、本人かどうかはわからない。
　隣の席に座るクラスメイトの夏朝は、はたして本物だろうか。
（……思索も面白いけど、いつまでもこうしてはいられないわね）
　美野梨は机の中から見つけたテープを、音を立てないように少しづつ剥がしながら首元の鈴に巻きつけた。
　鈴の音がこもるように抑えられる。激しい動きをしなければこれで大丈夫だろう。
　美野梨は次に机からノートをそっと取り出し、夏朝に筆談を持ちかけた。
『恵御納さん、分かる範囲で、情報を教えてくれる？』
　夏朝は頷き、美野梨の質問に答えてくれた。
（恵御納さんは、本物のように見えるわ）
　今までの経緯を把握しながら、夏朝や他の生徒を観察していた美野梨はそう判断した。

　夏朝と美野梨が筆談していると、横から手が伸び、美野梨と同じく新たな『生徒』となった達磨がノートに書き込んで来た。
『相談なら、俺も仲間にいれて』
　笑顔を向ける達磨の横から更に別の手が伸び、今まで大人しく『授業』を受けていた御剣刀が美野梨のノートに鉛筆を走らせる。
『俺は、御剣刀。よろしく』
　書き終えた御剣が、探るような視線をちらりと達磨に向けると、達磨も自分の名前をノートに記した。
『芸術科、１年８組。オシャレ担当の十条寺達磨だよ、よろしく！』
　夏朝、達磨、御剣が、美野梨のノートを囲むような形で筆談が始まった。