寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在｜リアクション

寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在

（……もう、我慢出来ないのだ）
　真央はずっと我慢していた。
（お腹も減ったし、トイレに行きたい人だっているだろうし、みんなも２時間以上も待てるわけないのだ！）
　利平もひふみも影にやられた。もう、我慢する理由が見つからない。
（殺られる前に殺ったらぁなのだ！）
　真央が立ち上がったのを見て、瓢は再び弁天さまの背後にまわり、肩もみを始めた。
（漸く、面白くなって来たじゃないかぃ）
　２列目の席に座っていた真央は、静寂を犠牲にしてスピードを取った。
　勢い良く椅子を蹴って机に上がると、それを踏み台にして教壇の弁天さま目掛けて飛び掛かる。
「にゃにゃにゃがおー！」
　影に捕まるより早く叫んだ真央が両手を丸めると、ろっこん『にゃにゃにゃがおー！』の力で、三毛猫のがおーが召還された。
　がおーと共に教卓の上に着地した真央は、しかし、黒い影の角に囚われた。
「一矢も報いず死んでたまるかなのだ！」
　黒い影に抗い、ぐっと手を伸ばした真央は、弁天さまの羽衣に手を掛ける。
　真央を避けようとして浮き上がる弁天さまの首に、するりと瓢の腕が巻きついた。

（成功だぁね）瓢がほくそ笑む。
　殺気があるから失敗すると察した瓢は、クラスメイトに技を掛けた時の事をイメージしながら行動した。
　その作戦は成功だったようだ。
　瓢はそのまま首を固定するように腕を組むと、弁天さまにおぶさるようにして両足を胴に回す。
「っ！？」
　体重を掛けて首を絞められ、身動きを封じられた弁天さまが苦しみ出した。
（そぉら、落ちちまいねぃ）
　瓢は更に弁天さまに回した腕と足に力を込めた。
　琵琶を守りながら身を回転させ、教卓から離れて行く弁天さまに向かって、真央ががおーを投げつけた。
「がおー！　あのバカを引っ掻きまくって、琵琶と服をぶっ壊すのだ！」
　がおーは真央の言葉通り弁天さまに向かって飛び掛り、猫パンチを繰り出す。
「お前はツドメンじゃないし、弁天でもないのだ！　ただの勘違い男の影なのだ！　ツドメンは音に煩いし、音楽に真摯だけど、それで生徒を圧迫しようなんてしないのだ！　ツドメンが暴走したらこうなるかもっていう誰かの願望なのだ、だからぶっ壊すのだー！！」
　弁天さまがたまらず身体をよろめかせると、瓢が弁天さまの肩を揉む為に使っていた椅子に瓢の膝が当たってしまった。椅子が倒れて音を立てる。
　ガタン。
　やってしまったと瓢が顔を顰めた途端、真央を貫いていた影の角が伸び、勢い良く瓢のわき腹を刺し貫いた。
　牛の形をした影はそのまま頭を上げ、戦利品のように真央ごと瓢の身体を頭上に掲げた。
　瓢が動揺した一瞬の隙をついて、弁天さまがするりと瓢から逃れる。
「がおー！」
　真央の声に応えて、がおーが弁天さまに爪を閃かせるが、自由になった弁天さまの袖のひと振りで、黒板に向かって弾き飛ばされる。
「がおー、危ないのだ！」

　真央が叫ぶ。しかし、がおーは身を反転させ、叩きつけられるのを回避した。
　だが、着地する時に後ろ足がチョークに触れ、落としてしまった。
　チョークが落ちて転がる音に反応した影が首を回し、角の先でがおーを仕留めた。
　牛の形をした影が、真央と瓢とがおーと共に床に広がった不吉な影に沈んで行く。
「フム、行き着く先に喜劇があればいいが…」
　マイペースに呟く瓢とは対照的に、真央は最後まで手近な物を投げつけていた。
　瓢が躓いた椅子、転がったチョーク、ひふみの残した紙飛行機。
「こんちくしょ～なのだ～」
　真央は弁天さまから奪い取った羽衣をしっかりと握り締めたまま、叫びながら教室から姿を消した。

　これで、弁天さまは飛ぶ術を失った。
　しかし、その事を喜ぶような人間は教室にいなかった。