むかしむかしあるところに　～お姫様の願い事～｜リアクション

むかしむかしあるところに　～お姫様の願い事～

　　【僅かな】

　後から来た仲間が見たものは、血に溢れた地面に倒れ伏す零と、手紙に記されている通りの狂騎士の姿だった。
　思わず、足が立ち止まり、その殆どが、一瞬その場に立ち竦む。

　その中で最後に辿り着いた八神修が、普段にしてはかなり大仰な身振りで身を翻して、逃げる様に更に走り始めた。
　体力の少ない修の走る速度はたかが知れている。
　しかし、網の場所についてはほぼ道筋全てを網羅してあるとはいえ、自分のいる位置と、仲間が走る通路については完全な連携が取れていない。
　御剣刀の言うように、他の仲間を犠牲にさせる位ならば、自分が覚悟の上で１回のチャンスを作るしかない。
　　
　皆はその時まだ動いていなかった。
　手紙で届いた魔女の呪文“夜は生きている肉を追って動かなくなるまで”に懸けたのだ。

　「(来い……！)」
　何とか隠れた網の張った木陰で願う。
　その曲がり角から、狂騎士が足元を網に掬われるのを目にした。
　その思考の通りだった。ほんの一時だろうが時間稼ぎには十分だ。
　後は、追い懸けて来た面子が──

　「双葉！　どうしてよりにもよって……！」
　「体力の無い愚か者の救済に決まっておろうが！」
　叫ぶ双葉仄が、背後から来た狂騎士の顔面へ、袋から唐辛子爆弾を叩きつけた。
　「があぁ！！」
　目と粘膜を狙った攻撃に狂騎士が苦悶の声を上げる。
　狂騎士は痛覚がまだ残っていたのか、苦し紛れに槍を振り回す。

　「ふんっ、そんなもの当たるはずがなかろうが……なっ！」
　振り回した槍が、仄の荷物から、はみ出していた様々な荷物を引きずり出した。
　切り裂いてろっこんのきっかけとしようとしたエルダ王女の人形。
　唐辛子爆弾を取り出した際にまとまりが崩れた投げ網。

　それら全てが絡まって、槍の返しの部分に引っ掛かり。最悪な事にバッグごと絡み、仄の身体が乱暴に持ち上げられてしまう。
　狂騎士は、その重さも気にせず仄を側の樹に投げつける様に叩き付けた。
　修は慌ててその身を起しながら、自分で思案していた事を思い出す。
　“夜は生きている肉を追って動かなくなるまで”
　「(双葉は動いていない！　どうか……どうか……！！)

　その瞬間、僅かに仄の腕が動いた──動いてしまった。

　狂騎士は、躊躇い無く、仄の喉をその穂先で切り裂いた。