カラスで腰砕け｜リアクション

カラスで腰砕け

　腰をかばいながら、ゆっくりと倒れこむ松田。泣き出してしまう唯ちゃん。怯えるフラット。フラットにまとわりつく一羽のカラス。ぽかーんと眺める一般の見学者たち。
　なにかと異常事態に強い寝子島高校の面々は、いち早く状況を理解した。

「ちょっと、あたしのフラットに何してくれてんの！」
　レナ・フォルトゥスは地面の石ころを拾い、カラスに投げつけた。とはいえ、制球力に特段の自信があるわけではなく、あまり厳しい球は放り込めない。
　レナの投石を難なくかわし、ひらりと舞い上がって頭の上を旋回しながら、馬鹿にするように鳴くカラス。
　こめかみに来るものがあったが、ともかく一旦カラスが離れた隙に、フラットを避難させなければ。
「ほら、怖がるんじゃないの。あたしならここにいるから」
　手綱を引き寄せ、首筋を撫でてやると、フラットは少し落ち着いたようだった。
　恵御納夏朝が駆け寄った。
「僕が見てるから、先に行って」
「うん、頼むわね」
　レナは恵御納に二人を任せることにして、フラットの手綱を引いた。フラットはぴったり身を寄せるようにしてついてきた。

「落ち着いて、スタッフがすぐに追い払いますから！」
　八神修は一般人を集めて安心させた。既にテオから一通りの情報は聞かされていたが、ともかく、カラスが馬に近づかないようにしないと、大変なことになりかねない。今日はポニーが来るということで、可愛いものが好きな親子連れがいつもよりも多めだった。
「触れると視界を奪う、か。時間が経てば戻るんだろうけど、ちょっとまずいなぁ」
　修が独りごちる。
　とりあえず多少痛めつけた上で、馬刺しの何たるかを教えれば、それで引き下がるだろう。
「さて、と」
　まずは馬に慣れているスタッフを除く一般人の避難が先だ。
　八神は携帯を取り出した。

　御剣刀はあわあわする取り巻きに混ざって状況を見つめていた。今日は休日なので、まだ行ったことのない場所を訪れてみようと思い立った次第だ。そこで揉め事に巻き込まれるとは──しかし、ついている。そも剣とは振る為にあるのだ。振らない剣はつっかえ棒に過ぎない。
　刀は竹刀ケースから木刀を取り出した。
　カラスが急降下して、一頭の馬を狙った。
　刀はそこに走り込み、剣を素早く払った。木刀と衝突して跳ね飛ばされるカラス。頑張って体勢を立て直し、空へ舞い上がった。
「やったあ！」
　歓声を上げる男の子。
「ああ、可哀想！」
　抗議する女の子。
「ちっ」
　刀は手応えに不満を感じて舌打ちした。しゅんとなる子供達。すごすごと離れていく、子供達。そういう意味ではなかったのだが、弁解するのも気まずかった。
　ちょっと遠かったので、撃ち込みが浅かったのだ。ひとまず届かせたに過ぎない。しかし奴の狙いは馬だ。馬の近くにいて目を離さなければ、好機は巡って来る。
　刀は木刀の柄を握り直した。
　再び、カラスが舞い降りてきた。

　夏朝は行動不能の二人についていた。カラスは今のところ剣客と一騎打ちの最中のようだが、二人をはやく非難させないと、他の馬に取り付かれたりしたら非常に危ない。
「怖かったね。カラスはいたずら好きなんだよ。でも大丈夫、僕達が追っ払ってあげるからね」
　背中をさすりながら唯に声を掛けると、唯はこっくりと頷いた。泣き声が小さくなった。
「お爺さんは──」
　松田は悶絶していた。あまり時候の挨拶を交わしたい様には見えなかった。夏朝はそっとしておくことにした。
「お名前は？」
「唯」
「唯ちゃんか。僕たちと一緒に、向こうに行こう」
　唯は、がっちりと夏朝のシャツにしがみついてしまった。軽くはできるが、松田を担いで唯を庇いながら非難するのは、人の多いところではちょっと難しい。どうしよう？

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