カラスで腰砕け｜リアクション

カラスで腰砕け

「あの──カラスさん？」
「ファッ！？」
　ピッツァは目の玉が飛び出るほど驚愕した。カラス語が話せる人間がいるとは！　人間という生き物は、つい今しがた体感したように、二足歩行の猿の末裔でありながら、猿よりも巧みに石を投げては棍棒を振るう新種の暴力生物のはずだが、そうではないものもいるのだろうか。ピッツァは少し疑問に思った。
　しかし、これは絶好のチャンスだ。適当にはぐらかしつつ痛みが引くまで身体を休め、あわよくば分断に追い込めば──ピッツァの頭脳は急速に働き出した。
「ぼくのことばが、わかるの？」
「え、あ、はい。少し」
「すごく流暢だな」
「ありがとう」
「なんて言ってるの？」
　大天使天吏が尋ねた。鳥好き同士、共通の話題が色々とあるらしく、ぽつぽつと言葉を交わしていたのだ。カラスの話にいたく興味を惹かれたらしい。
　時子は、ネイティブのニュアンスを正確に再現した。
「意外とぞんざいなのね」
　天吏がもっともな指摘を繰り出した。
　一瞬の間。
「す、すごくりゅーちょーだね！」
　言い直すピッツァ。
「ありがとう。えっと──」
「ぼく、ピッツァっていうの。きみたちは？」
「私は時子」
「ときこさんか。君は？」
「天吏というの、よろしくね」
「てんりさんか。どっちもとってもいい名前だと思うよ」
「ありがとう」
　二人は礼を述べた。
「さいごに、きみたちみたいなやさしいこにあえて、よかった」
「そんな……まだ何も優しくしてないですけど」
「クェッ」
　鋭い時子の指摘に詰まるピッツァ。
「でも、そんなこと言わないで、カラスさん。とりあえず、お話を聞いてくれる？」
「うん」
　天吏の言葉に頷くピッツァ。しまった。ピッツァは思った。同情をひく筈が、丸め込まれてしまった。
「えー、コホン」
　轟が一歩進み出た。ピッツァは熱気に押されて数歩下がった。いやに押しが強そうな奴が現れたものだ。
「お前、馬刺しが食いたいらしいな」
「うん。いや、ぼくがたべたいわけじゃないけど」
「馬刺しってどんな食い物か知ってるか？」
「馬の刺身みたいなもんだろ」
「そうだ。それで馬を狙ったわけだ」
「もちろんだ」

「じゃあ聞くが──お前、どうやって馬刺しを作るつもりだ？」

　時が、止まった。

「止まってますね」
「だな」
　加代は、カラスを追ってきた刀と並んで、少し離れたところに立っていた。
「どうしましょうか」
　刀は携帯を取り出した。ピポポと番号を打ってしばらくすると、修が出た。

「今日は長ネギとめざしが半額か。いや、馬刺しを買いに来たんだった」
　修は最寄りの生鮮食品スーパーに自転車で乗り付け、馬刺しを探していた。ホースクラブの近所で馬刺しというのも、何か家畜の悲哀を感じさせるものがある。
「流れ作業と誤解されなきゃいいけど……」
　修は一人ごちた。
　携帯が鳴った。出てみると、刀からだった。
「何かあった？」
　刀はかくかくしかじかと説明した。
「それはまた、随分小知恵の回るというか、なんというか」
　修は苦笑した。
「でもありがとう、どうやら捕まえる算段が整いそうだ」
「そうか。じゃ」
　携帯は切れた。あとは厩舎と管理棟の状況次第だ。
「あら、ホースクラブの子？」
　人の好さそうなおばちゃんに呼び止められた。
「ええ」
「あらぁ、可哀想にねえ」
「え？」
「いやね、ついこないだ、活きの良い馬刺しが入ったのよ。アルバイトの津田さんが言ってたんだけどね、馬刺しになっちゃったら活きも何もないのにねぇ」
「それは丁度良かった！」
「あら、良いの？　可哀想じゃない？」
「それはこの際、どうでも良いです」
「あらやだ、クールなのねぇ。おばさん、あなたのこと気に入ったわ。おまけしてあげる」
「ありがとう！」
　修は予定よりも少ない出費で馬刺しを手に入れると、足早にスーパーを出た。