カラスで腰砕け｜リアクション

カラスで腰砕け

　椿美咲紀と八十八旗信彦は少し離れたところで、歩かせ方や乗り降りなどを指導していた。
　美咲紀の携帯が鳴った。
「あ、八神さん」
「美咲紀、馬とお客さんを避難させてくれ！」
「わかったわ」
「ラファールも頼むよ！」
「もちろん」
　美咲紀はラファールの様子を確認した。少し頭上を警戒しているようだが、興奮している様子はない。ペットは飼い主に似る。ラファールは頭の良い馬だった。
「八神さんは？」
「馬刺しを買って来る」
　美咲紀は、なんだかくすっとしてしまった。
「そうだ、八十八旗くん──」
　美咲紀は振り向いて言いかけた。
「むっ！」
　信彦が声を挙げた。
「どうしたの？」
「プリンセスが俺を呼んでいる！」
「え？　誰も何も呼んでないと思うけど」
「それもそうだ──いいや！　呼んでる！」
「呼んでな──」
「呼んでる！　絶対に！」
　信彦は言い張った。一度言い出すと、打たれ強い男だった。
「それよりも──」
「我が愛しの、プリンセスの為に！！」
「ねえ聞いて──」
「はいよー！」
　信彦は純白の愛馬シルヴァーナの手綱を引いた。前脚を高く上げて嘶くシルヴァーナ。初めて間近で見る雄壮なクールベットに、湧き立つ歓声。
「すげえ！」
「かっこいい！」
　こどもたちには、とても受けたようだ。傍らの若いママに会心の笑みを向けた。曖昧な表情で応じられた。苦笑いもまた、美しい。
「はっ！」
　勇ましく一声かけ、信彦は人馬一体となって駆け出した。
「えっと、誘導の方、手伝ってほしかったんだけど──」
　呆然と見送る美咲紀だった。

　美咲紀は我に返った。
「ま、まあいいかな、恵御納さんも二人は運べないだろうし」
　自分を納得させると、とっくに切れた携帯をポケットにしまい、ラファールに飛び乗った。
「皆さん、一旦厩舎の方へ避難しましょう。ゆっくり行きますので、ついてきてくださいね」
　あくまで優しく声掛けして、美咲紀は人と馬の群れを先導し始めた。

「このカラス、ちょこまかと」
　カラスは刀の剣から逃れて、あっちへひらり、こっちへひらりと動き回っていた。疲労を誘う作戦のようだ。刀と鳥の争いは持久戦の様相を呈していた。
　鈴野加代は、しつこく馬と刀にまとわりつくカラスに向けて両手を構えた。
「三式弾、撃ち方、始めます」
　カラスが一旦上空へ舞い上がったところを狙って、岩塩弾を発射した。相手が狼狽えて翼をばたつかせるのが見えた。
　カラスが空中で位置を変える動きを予想しながら、先へ先へと弾を撃ち込む。その都度、誤差を修正して精度を高める。カラスはあっちこっちへ逃げ回るが、逃げきれなかった。カラスの喉元に大きめの岩塩の塊が勢いよく叩き込まれた。
「ゴケェッ！？」
　ぐらりとよろめく身体をなんとか支えて、カラスはより高いところへ逃れた。
　的が少し離れて有効射程の外に出たので、加代は撃つのを止めた。今のは手応えがあった。すぐにリベンジというわけにはいかないだろう。その間にもう少し近づこう。

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