カラスで腰砕け｜リアクション

カラスで腰砕け

　信彦は夏朝と唯のもとに馬を乗りつけた。夏朝は、放り出すわけにもいかないので、松田の腰をさすっていた。いくらか良くなってはいるようだ。
「プリンセス唯、ご無事ですか！」
　朗々と声を張り上げる信彦。
　唯は夏朝の後ろに隠れてしまった。信彦を警戒するというより、馬に怯えているようだ。
「プリ──まあ、いいけど……ちょっと、頼まれてくれないかな」
「何なりと」
「運んでほしいんだ。松田さん」
「もちろ──えっ」
「腰痛めちゃって、動けないからさ」
「プリンセスは？」
「僕一人で連れていけるから、大丈夫」
　唯は、夏朝の後ろから八十八旗の方を伺っていた。
「そんな──」
「嫌なの？」
　唯がぽつりと呟いた。
「おじいちゃん、嫌い？」
　唯の表情が泣きっ面の二歩手前ぐらいになった。
「すぐに運ぶとしよう」
　信彦は立ち直った。いかなる時もレディファースト。ただ、おチャラけているわけではないのだ。そういう方面では、意思の強い男だった。

　刀の息が上がっていた。
　カラスがここぞとばかりに手近の一頭に襲い掛かった。
　しかし、それは誘いだった。
　刀は即座に走った。ちょうどカラスが急降下してくるところだった。カラスは遅ればせながら気付いて軌道を変えようとしたが、一度ついた慣性は、なかなか止められない。それでも翼をはばたいて頑張るカラス。
　ぎりぎりだが、間合いだ。
　刀は、ぐっと意識を凝らし、撃鉄のイメージを思い起こした。それが落ちるとともに、がちん、と頭のどこかでスイッチが入ったと感じた。
　ぐぐぐ、と時間が引き伸ばされるような感覚があり、カラスが上昇しようとする動きの一つ一つが急激に減速して見えた。

「加速、完了──」

　刀は煙るような速さで草地を駆け抜け、跳躍した。
「ぜぇああ！」
　刀の剣は、したたかにカラスの翼の根本を打ち据えた。
　ピッツァは錐もみしながら吹き飛んでいった。

「お、クリーンヒット。あいつ、また腕を上げたな！」
　風雲児轟は、刀の一撃を高く評価した。
「それにしても、あんな豆粒みたいなカラスを良く狙えるよな！　目、良いんだな」
　振り向いて、近くにいた加代の射撃を褒めた。
「いや。それほどでも」
　加代は控えめに照れた。視力は特に普通だったが、それはどうでもよかった。
「あれ」
「ん？」
「なんか黒い塊がこっちへ──わわっ」
　加代は身体を屈めてカラスの突進をやり過ごした。不意に翼を閉じたカラスが弾丸のように急降下してきたのだ。
　旋回しながら、カラスは怒りの雄叫びを上げた。しかし動きはふらふら、よろよろしている。刀の一撃がかなり効いたらしい。いずれそのうち、落ちてきそうだ。
「キエーッ！」
　しかし、かなり怒っているようだ。
「遁走と八つ当たりの併せ技ですね」
「よっぽど痛かったんだろうな」
「何の躊躇もなかったですからね」
「キェーッ！」
「私が殴りつけたわけじゃないんですが」
　逆ギレも甚だしいが、人間ですらひとたび逆ギレた者を説得することは難しい。ましてカラスの説得など不可能といえるだろう。
　しかし、その不可能に立ち向かう男がここにいた。
「待て待て待て！　おい、お前！」
　轟はカラスに指を突き付けた。カラスは地面に降りた。いやに自信ありげな態度に興味をもったようだ。強かに打ち据えられて、休む機会が欲しかったのもあるだろう。
　少しの間があった。
　轟は頭を掻いた。
「そういえば、カラス語は知らなかったな」
「あの、良ければ通訳しましょうか」
　御巫時子が提案した。
「よし、頼む！」
「じゃあ──」

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