捨てられた楽園｜リアクション

捨てられた楽園

　刻人は同じ道を何度も辿った。目で探すだけではなく、声にも出した。
「オーマー、どこにいるんだよ。おーい、聞こえないのかー」
　手にはケータイを持っている。色々な方向を試したが電波の状況は芳しくない。
「ちょっと目を離したらこれだよ。初対面の人に会って困ったりしてないかなー。外国人の振りが絶望的に下手なんだよなー」
　傍らの繁みからオーマが現れ、物凄い形相で睨まれた。
「やあ、お帰り。今まで、どこにいってたんだよ。僕なりにだいぶ探したんだぞー」
　オーマはケータイを取り出し、片手で文字を打ち始めた。目にした刻人は無駄と言わんばかりに手を振った。
「ここは圏外でメールは無理だよ。僕がさっき試したからね」
　オーマはケータイに打ち込んだ文字を刻人に直に見せた。
「君の口の堅さは筋金入りだね。それで内容は、言葉を喋るブサイクな白猫を拾った？　え、どこに」
「ブサイクちゃうわ！　ラブリーゆうたやろ！」
　突然の野太い声がオーマの左手から聞こえた。刻人は何もない手をじっと見つめて言った。
「今、左手が喋ったよね。どんな原理の腹話術なんだ、これは？」
　刻人の疑問にケータイの文字が答えた。
「えっと、ブサイクな白猫は術で姿を隠せる、って本当かな」
　オーマは左手を刻人の胸に押し付けた。
「ま、またんかい！　ワシにそんな趣味はないわ！」
「本当になにかいる！」
　刻人は怒鳴り声が聞こえた空間を両手で揉んだ。激しい笑い声に悲鳴が混じって、白猫は波打つ腹で姿を現した。
「ええ加減にせんかい！　いくら温厚なワシでも怒るで！」
「オーマに捕まえられた状態で言われてもさー。それにもう怒ってるし。なんか、僕が想像したのと違うんだよねー」
「予想を超えたラブリーに驚いたんやろ」
　はいはい、と軽く言って刻人はオーマに目をやった。
「オーマ、ここで離してやりなよ。たぶん、問題ないと思うからさ」
　オーマは瞬間的に手を離した。白猫は綺麗に尻から地面に落ちて、どわっ、と奇妙な声を上げた。
「もっと丁寧に扱えや！」
「猫なのに。器用に回って降りるんじゃないの」
　呆れたような刻人の言葉に白猫はふくよかな背中を向けた。重そうに腹を揺すって歩き、顔だけで振り返る。
「最近のガキは態度がなっとらん。姉ちゃんもや。もうちょい、愛想良くてもええんとちゃうか？　おいしい名前がもったいないで」
「それってどういう意味なのかな」
　一言も口にしないオーマに代わって刻人が聞いた。
「しゃーないなー、ワシが教えたるわ。姉ちゃんの名前は黒マグロやろ。ええねんで隠さんでも。笑いのツボ的においしいやないか」
　刻人が軽く噴き出した。白猫は不機嫌な顔でいながらも尻尾を振る。
「大間の黒マグロね。君って意外と面白いよ」
「おもろくてラブリーなんや、ワシは」
　白猫は尻尾を振りながら繁みに紛れた。
「でもな、姉ちゃんの霊感から思うんは青森なんや。あそこには恐い山があるやろ……姉ちゃん、イタコの筋のもんとちゃうんか」
　やはり、オーマは答えない。ただ、繁みの一点を見据えていた。