捨てられた楽園｜リアクション

捨てられた楽園

「眠くなっちゃった？」
　懐かしい声が耳元で聞こえる。
「お手玉やお話はやめて、お外で遊んだ方がよかったかねぇ」
「楽しかったよ！」
　大きな声を出したサナリアナが、あれ？　と声を漏らす。ぼんやりとした表情で上体を起こした。
「こんな神社でしたか？」
「古い家だからねぇ。神社みたいなところも、あるかもしれないね」
「え、ええ！　どうしていらっしゃるのですか？」
　驚きの声とは裏腹に老婆は目尻の笑い皺を深くした。
「お婆ちゃんの家だからね。それよりも、どうしたんだい？」
「な、なにがでしょうか」
「その言葉づかい。急に孫が大人になったみたいだよ」
　サナリアナは口に手を当てた。表情を目まぐるしく変えて言った。
「寝ぼけてたんだよ。おばあちゃん、ごめんね」
「あやまらなくてもいいよ。孫の成長はうれしい。でも、あまり早く大人になると、お婆ちゃんは少し寂しいかな」
「どれだけ大きくなっても、わたしはお婆ちゃんの孫だよ」
　胸に飛び込んだサナリアナを祖母は優しく受け止めた。そうだねぇ、と頭を抱き締められ、安らいだ表情で瞼を閉じる。
　遠くで子供達の声がする。太鼓や笛の音が聞こえてきた。
　サナリアナが目を開けると正面に櫓が見えた。取り囲むように人々が踊る。上では鉢巻をした四人が祭囃子を奏でていた。周辺には屋台が並び、甘い匂いに鼻が引くつく。
「そんなことより、お婆ちゃんはどこ？」
「ここだよ」
　踊りの輪の中から祖母が声を掛ける。サナリアナは走り出して気が付いた。素足に下駄を履き、白い浴衣には淡い花が染められていた。
「一緒に踊るかい？」
「うん、踊る」
　見よう見まねで踊る孫に祖母は微笑んだ。喜ぶ姿を目にしたサナリアナは笑顔で張り切った。
「いつまでも踊っていたいねぇ」
「ずっと踊るから」
「できればいいねぇ」
「できるから！　わたし、がんばって踊るから！」
　サナリアナは必死の声で言った。祖母は踊りながら、ありがとう、と口にした。
「ダメだよ。まだまだ踊るんだから。ありがとうじゃないから」
　別れの挨拶を聞いたかのように言い募る。祖母は踊るのをやめた。孫を正面から抱き締めて、本当にありがとう、と深い感謝を込めた言葉を贈った。
「……お婆ちゃん、会いに来てくれて、ありがとう」
　世界の全てが瞬く間に白くなり、粉砂糖のように一瞬で崩れ去った。

「……お婆ちゃん」
　サナリアナの寝言に綾花の意識が移った。黒猫は隙を衝くかのように膝の上から跳躍した。着地と同時に走り出し、一定の距離を空けて立ち止まる。
「お婆ちゃんはどこ？」
　悲しげな声を出して目覚めたサナリアナに綾花が、おはよう、と声を掛けた。当人は目を丸くして飛び起きた。
「綾辻さん、その、聞こえましたか？」
　身を固くして言うサナリアナに綾花は曖昧な笑みを浮かべた。
「悲しい夢は私もたまに見ますよ」
「しっかりと聞こえていたのですね」
「あ……あれ？」
　涙に気付いて目元を拭うサナリアナに対して、口が滑ったにゃん♪　と綾花は両手を猫の手のように丸めて誤魔化した。
「それでは、お二人さん。そろそろ行くよ」
　遠目で見ていた黒猫は二本の尻尾を上げて器用に振った。
「また会いましょうね」
「え、ただの黒猫ではなかったのですか！？　あの祖母の夢はあなたの力なのですか」
「またまた～」
　陽気な声で黒猫は走り去った。呼び止める間もなかった。名残惜しそうに見つめるサナリアナに綾花が明るく言った。
「私が色々な話を聞いておきました」
「どのような話でしょうか」
「それは帰りながらにしましょう。そうさせてください」
　綾花は黒猫の姿で擦り寄る。理由を聞くと恥ずかしそうにして答えた。
「迷って来た場所なので、一人で戻れる自信がありません」
「では、一緒に帰りましょう。色々な話も聞かせてくださいね」
「もちろんです」
　主人とペットのような見た目の二人は朗らかな顔で帰っていった。