【プログラム　７　余興の後半戦】

　続けて余興は、篠崎 響也とトーマス・ジャスティンによるヴァイオリン演奏に入る。人形劇のバックミュージックで感触をつかうんだ２人は、もうほとんど緊張を感じることなく、穏やかな気持ちで演奏に集中できた。演奏するのは「愛の喜び」。カクテルパフォーマンスや手品で熱しきった場内を、しっとり優美なムードへ包んでいく。

　そんな中で、１つの黒い影が動き始めていた。その影は新郎の後ろへ回ると、小さくつぶやいた。
「身元不明で保護されたあなたに仕事を斡旋したのは私です」
　鷹峰 嵐の低く悪魔めいた声に、新郎の守は肩をびくつかせる。敏感な反応だ、と嵐は笑い飛ばしたくなるのを堪えた。
「しかしおかしいですね、あれからまだ数ヶ月、随分とご家族ご友人が多いことで。これはもしかして、いわゆるサクラというものを雇って演じさせているのではないですか？」
　守の表情はさらに青くなる。
（ビンゴ……さらに崩していくぞ）
「新郎席に座る人間が全員他人、偽物だと知ったら、新婦の家族はどう思うでしょうねえ。最悪結婚は破綻、私たち役場もあなたを見過ごすことはできません。あなたはこの島からも追放される羽目になるかもしれませんよ」
　守はうつむいたまま、膝の上の拳をわなわなと震わせている。

　新郎新婦席の異変に真っ先に気づいたのは、何でも屋の２人、小刀祢 雫と小刀祢 切奈だった。
「出番ですよ、切奈」
「分かっていますわ叔母……雫姉さん」
　気配を殺して席を立つ切奈。最小限の動作で新郎と嵐の元へ急ぐ。守お兄さんどうしたの顔色が悪いわ、といった言葉をかけながら、嵐の背後へ自然と回り、手刀を入れる構えを取る。ろっこん「布都御魂」を受けた相手に宿る悪意は断ち切られ、事態を無事に済ますことができる。
　フレンチを堪能し胃袋は満杯。ろっこんを発動する条件はそろっていた。

　しかし。

「密告するならどうぞお好きになさってください」
　嵐に楯突いたのは、新婦の真理だった。
「守さんが島外追放になっても、私が家族から縁を切られても、私は守さんと一生寄り添いあって生きていきます。今日私たちはそう誓ったばかりです。その誓いに揺るぎはありませんので、ご安心下さい」
　和装に最高の笑みでもって、冷徹な嵐のことを見上げた。嵐は胸ポケットから眼鏡を取り出して装着し、同じく微笑む。
「ふ、そうですか。お覚悟はよく分かりました……私個人の意見が出すぎました……ですが町役場はあなた方の幸せを願っています。それが言いたかっただけです」
　手刀の構えを解く切奈。自分の出る幕はなかったらしい。２人の深い愛情が、ちょっとした悪魔のささやきに負けるはずないのだ。安心しきって、席へと帰っていく。

（そう簡単に崩すこともできないか）
　クールに去りながら嵐、諦めのため息を一つ。さらにえぐることは可能だった。が、なぜだろう、これ以上深追いする気にはなれなかった。仕事の一環で参加しているからだろうか。それだけではない温かい何かが、胸の底からわき上がっている気がした。
（２人を本気で祝福する気持ち……でないと願いたいが）
　眼鏡の位置を直すと、完全な仕事モードに切り替え本来の自分を抹消する嵐であった。

　ヴァイオリン演奏は終わり、場内は本日何回目かの盛大な拍手で包まれる。
（今日の演奏は最高だ……お客さんも最高に幸せそうな顔をしている）
　トーマスと一緒に深いお辞儀をしながら響也、ハイな感覚を堪能していた。
（トーマスのアシストが良かったのだろうか。滞ることなく最後まで完璧な演奏ができた！）
「さすが響ちゃん、圧倒的な演奏だったよ」
「いや、トーマスのおかげだよ。お疲れさま」
　握手を交わすと、鳴り止まない拍手を受け壇を下りていく２人。

　——響也とトーマスの最高の演奏、嵐にかかった見えない抑制、演奏を聞き届けた参列者に満たされる至福の裏には、塔ヶ崎 璃亜の恩恵があった。
　彼女のろっこん「フォーチュンスプリンクル」。新郎守に突然降り掛かった不幸が引き金となって、回りの人間に幸運を与えたのだ。このことはもちろん誰も、璃亜すら気づいていない——

　余韻を十分に楽しんだ後、司会者がマイクの前に立つ。
「それでは次なる余興は、新郎のイトコの方々によるバンド演奏です！」

「いやあ、あんな演奏の後だと気が引けちゃうなあ」
　山田 勘三郎が弱気になる。
「大丈夫なのだ！　真央ちゃんたちもたくさん練習したのだ！」
　タンバリンを手にした後木 真央が邪気を払うように言った。
「前日に１回だけだけどね」
　ピアノに着きながら仲村渠 鳴。黒とピンクのワンピースドレスが様になっている。
「みんな準備はいい？」
　今日限りのイトコたち１人１人を見る獅子島 市子。「きっと上手くいくわ私たちイトコなら」
　同時になずく４人。全員の顔から緊張の色が取れる。

「守兄さん、真理姉さん、今日は本当におめでとう。私たちから歌を送らせてください。頑張って練習しました」
　着物にゴージャスな盛り髪で、メイクにも余念がない市子。目下のほくろを消している。
「お２人の出会いと未来を祝福して……心を込めて歌います——『whenever』」


　誰にも気付かれない密やかな生
　もどかしくて光探しに出た

　争い合う夢眺めてて
　手を伸ばしたらあなたが笑う

　初めて届いた安らぎの声
　穏やかなスポットよりもずっと眩しく響く


　勘三郎、鳴、真央、市子の順でソロを熱唱。さらに歌はサビへと入り、市子のメインと鳴のハモリ、さらには４人呼吸を合わせてユニゾンする。


　あなたといるときはいつも
　命と時間と幸せ抱きしめて
　永遠の愛誓うよ
　いつもと同じこの温かい場所で


　幸せを謳歌するようなポピュラーバラードのナンバー。一生懸命に演ずる彼らの歌唱が、新郎新婦を始め、参列者に温かい感情を植え付けていく。間奏では賑やかしに、手ぶらの勘三郎がエアギター。曲調とマッチしない激しいアクションに笑いと声援が飛ぶ。

「人前で弾くの久々だったけど、気分が高まっていい感じにできたかな」
　歌が終わり、ステージを降りながら鳴がホッと息をつく。
「やっぱ練習みたいに声は出ないのな」
　頭を掻きながら勘三郎が振り返る。
「一生懸命歌ったのだ！　想いはきっと届いているのだ！」
「ありふれた言葉だけど、一つになれた気がしたよ」
　安請け合いを後悔しかけていた市子も、本番では誰よりも感情を込めて歌った。猫の前でしか普段は出さない美声も、人前で存分に披露することができた。
「本当に血のつながった家族みたいに。気持ちを一つにできたよ。ありがとう」
　感極まり、涙が一筋目尻から垂れる。頬をなぞり、メイクが落ちてほくろが少しだけ見えるようになってしまう。
「これからもみんなで集まって、本物のイトコみたいに守お兄ちゃんのところへ行くのだ！　守お兄ちゃんに子供が生まれたら、真央ちゃんが真っ先におしめを替えるのだ！」
「そうだな、それいいな！　人前で歌うのはしばらく勘弁だけど」
「うん、そうしよう！」
　真央の提案に、全員大賛成のイトコ勢だった。


　新婦の真理は目を輝かせ、永遠の愛を誓った伴侶に声をかける。
「素敵な演奏だったね。あんな子たちが本当のイトコだったらなあ」
「……！　うん……」
「守さん？」
　守の中では、まだ鷹峰 嵐の言葉が引っかかっている。新郎席に集まっている人間は全員赤の他人、この場限りの偽物の知り合いたち。本当にこのまま新婦の両親や参列者を騙し続けて、いいのだろうか。
　守に芽生えた、否、打ち合せのときから抱きつつも押し殺していた葛藤、罪悪感が、披露宴の最後になって心の面積を占領してくる。
「だめだ、やっぱり正直に言おう」
　守は決心した。
「守さん……？」

　新郎、宇品 守、プログラムの流れに割り入り、マイクを握って壇に上がる。
「皆さん、聞いてください」