【プログラム　６　余興の前半戦】

「先輩しっかりしてくださいー」
　月守 紗智は矢萩 咲を支えながら、個室のトイレへと入っていく。
「炭酸しか飲んでないのになんで酔ってるんですか」
「ふにゃ」トロンとした目を宙に泳がせながら、床へへたり込む咲。「咲は酔ってなんかないデース」
　酩酊体質の咲、炭酸を飲んだだけでも気分的に酔ってしまうのだ。
「衣装が汚れちゃいますよー」
　ドレスの裾を巻き上げると、咲のなまめかしい太ももが覗き、目のやり場に困る紗智。
「紗智ちゃん、いつもダメな先輩でごめんね。ありがとうネー」
「ちょっと先輩……」
　甘えた声で紗智に飛びつく。元々こぼれそうなくらい刺激的だった胸元がさらにはだけてしまっている。
「先輩って酔うと甘えん坊になるんだ……」
　密着された紗智の中でイケナイ感情が芽生える。個室で２人きり。相手は完全に無防備で、記憶もあやふやな状態。
（少し悪戯しちゃいましょうか……あくまで健全に！）
　ニヤリと笑みがこぼれる紗智。ドレスの肩紐に手をかけると、……
　＊これ以上の描写は控えさせていただきます。ご想像に委ねます。あくまで健全です。


　男子トイレのほうでは、鷹峰 嵐が洗面台の前に立っている。
「そろそろ茶番は終わりだ」
　鏡に映る自分に向けて言うと、そっと眼鏡を外す。窮屈で退屈な仕事モードから、本来の自分へとシフトしていく。
「幸せをぶち壊してやる」


　裏方がピンクだったりブラックだったりしている一方で、披露宴会場では余興が始まっていた。

　トップバッターは檜扇 舞華。披露するのはカクテルパフォーマンス。
　アップルブランデーやレモンジュースといった材料をシェイカーに入れると、こなれた手つきで激しくシェイク。パフォーマンスは少しずつヒートアップし、まずは指だけでシェイカーを回転、さらに指で弾くと、体の前面から頭、背面までをなぞるように飛ばし、腰の辺りでキャッチ。最後は天井ギリギリまで投げ上げ、舞華も回転、タイミングよくキャッチすると回転しながらシェイカーを開け、グラスへと注いだ。歓声が方々からわき起こる。
「カクテル『ハネムーン』です。新郎新婦のお２人へ」
　振る舞われた２人は目を輝かしている。
「おいしい」
「うん。ありがとう！」
　メイドにとって奉仕は当然。感謝され慣れていないためか、感想を直接言われる前にスッと引っ込む舞華。裏方の鑑である。

「続いての余興は、新郎の後輩、ジャンヌ・クローデルさんによる手品ショーです！」

　ジャンヌ、壇上へ上がるとペコリとお辞儀。おもむろに手品を開始する。取り出したるはトランプ、そして、どなたかここから一枚引いてくれないかな、と要求。
「え、私ですか？」
　おかわりしたパンにかぶりついていた時枝 香苗、寒気にも似た視線を感じて素っ頓狂な声で応じる。
（あまり目立ったことをするのは得意ではないのですが……）
　結婚式を盛り上げるためならば、フォークを置いて一肌脱ぐ。
「一枚だけ引いてね」
　さっき一瞬感じた凍るような視線は何だったのだろうか。首をひねりながら、山からカードを引く。目を閉じるジャンヌに背を向けて、会場の全員にも見せる。クローバーのクイーン。
「山に戻して、よく切ってね……十分に切れたかな。では僕に返して……」
　手元で山を広げ、じっとカードを見つめるジャンヌ。相対する早苗も固唾をのんで見守る。
「分かったよ」
　そうつぶやくと、ニコリと笑って早苗へと視線を移す。
「そのドレス、可愛いね」
　突飛な発言に思わず返す言葉を見失う早苗。
「その、腰のリボンも素敵……あれ？　結び目に何か挟まっているよ」
「えっ？」
　そこには一枚のカードが。もしかして……とざわつく場内。
「え、えーっ！？」
　悲鳴のような声をあげながら、思わず席を立つ早苗。全員に向けてカードをかざすと、それは見紛うことなくさっき引いたクローバーのクイーンだった。
「すごい！　どうやって移動させたのですか？」
「それを教えちゃったら手品にならないよ」
　カードを戻し、冷静な動作でトランプをしまうジャンヌ。
「次の手品に行くよ……」
　きつねにつままれたような顔で席へ戻っていく早苗。入れ違いで次に選ばれたのは、疑似カップルの常闇 虚と北園寺 衝。
「今度はカップを使った手品だよ」
　テーブルの上に３つのカップを並べる。
「この中の１つに私物を入れて……僕が後ろを向くから、シャッフルしてね」
「お易い御用よ」
　虚がイヤリングを外し、カップの中へ忍び込ませ、衝が念入りにシャッフルする。自分でもどれだか分からなくなる。
「いいかな？」
　前に向き直るジャンヌ、しばらく３つのカップを凝視した後、１つをすっと指差した。はたして開けてみると、中には虚のイヤリングが。もちろん他のカップには何も入っていない。
「も、もう一回！」
　再度シャッフルする衝。しかしこれもあっさり当てられてしまう。
「次で最後！」
　今度はこっそりイヤリングを抜き取り、全てのカップを空にする。
「さあどうだ」
「……」
　カップを数刻見た後、衝をじっと睨む。
「ズルはいけないよ。イヤリングは君の右手の中にある」
「ひい」
　会場から一斉に拍手。もはや超人級ともいえるイリュージョンに誰もがジャンヌの虜だ。
「テーブルにも仕掛けはないし、どんなタネなんだろ」
「すごい……今度うちのお店でも客寄せにやってくれないかしら」
　早苗と同様、２人とも驚嘆の色を隠せないまま帰っていく。

「いやーあの若者、すごい特技を持ってるなあ」
　手を叩きながら霧生 渚砂が言い、碓氷 真理のほうを見る。
「あれ、どうかした？」
　真理は眉を寄せて、ジャンヌのことを睨んでいた。
「ふーん、なるほどねぇ……」
　アルコールを含んでいるけど、私の目はごまかせないぞ。真理には見えていた。ジャンヌの周囲をあくせく動き回る１人の霊の姿が。霊媒体質の彼女にしか見えていない。

　ジャンヌのろっこん「Chevalier」。手品は全て、ジャンヌのろっこんによって召喚された霊がタネを仕掛けていたのだ。カードを盗み見たのも、早苗のリボンにこっそり忍ばせたのも、コップの位置を見届けたのも、全て霊「ラグエル」の仕業。タネさえ分かってしまえば何のことはない、むしろ動き回る霊の姿が滑稽にも見える手品なのだが、霊を見ることのできない大多数にとっては、プロ並みの奇想天外なイリュージョンに見えることだろう。

「最後に、お人形劇をするよ」
　言うや否や、端の椅子に座らせていた、白兎と黒兎の夫婦人形が動き出す。釣り糸などは一切見えない。ジャンヌは直立不動、手すら動かしていない。これまた常軌を逸したイリュージョンに、開いた口がふさがらないギャラリー。
「何か……音楽があるといいんだけど……」
　音楽に合わせて踊らせるよ、とジャンヌ。
「それでは私たちが」
　立候補し立ち上がったのは、トーマス・ジャスティンと篠崎 響也。手にはヴァイオリン。本来ならば次に余興を披露するはずだった。
「少しフライングだが、面白そうだし協力しよう」
「いきなりセッションして上手くいくか自信がないが……」
「あれ、響ちゃん緊張してるの？　頼むよ、主旋律は全てそっちなんだから」
「自分で立候補しておいて、人任せか」
「大丈夫だよ、主役はあくまであちらの新郎新婦。うちらは余興なんだから、気楽にやろう」
「……そうだな」
　人形の両脇に回り、ワルツを奏でる。それにあわせて、ジャンヌの人形たちも踊りを始めた。
（すげぇな、どうやって動いてるんだ……？）
　響也が真剣に引いている横で、伴奏のトーマスは人形たちの動きに見入っている。向こうに見える参列者たちの、不思議そうに人形を見る顔がひょうきんでおかしくなってくる。

　曲が終わりに近づくと、てくてく新郎新婦のほうへ歩き出す人形たち。演奏の最後には、黒兎は新郎、白兎は新婦の膝の上に乗る。
「……プレゼント、どうぞ」
「うわあ、ありがとう！」
「素敵でした」
　守と真理が興奮気味に叫び、また場内は拍手で包まれる。こうしてジャンヌの余興は最高のかたちで終わりを迎えるのだった。