もうひとつの卒業、桜色のにゃあ｜リアクション

もうひとつの卒業、桜色のにゃあ

散りゆく花も、咲く花も・４

　ゆらり、ぱしゃ。ふわり、ぱちゃん。思い出が浮かんでは揺らめいて、そして流れてゆきました。
　リンゴのオーナメント越しに、キスの真似事。どきどきだったクリスマス。
　したたかな自信と祈るような心持との間に揺れていたら、彼女が待っていてくれたこと。
　舞い散る花弁に彩られたプールで見つめた、まさに花やぐ彼女の微笑み。
「……いろいろ、あったね」
「ああ……ずいぶんあれこれと、いっしょにやってきたな」
「楽しいことも。大変なことも、難しいことも」
「あおいといっしょだから、乗り越えられたんだ」
「修くんがいたから。私だって、がんばれたんだよ」
　うにゃ、と小さく桜猫が声を発すると、波紋は水面に溶けるように消え、思い出の映像たちもほどけるように流れてゆきました。
　亀さんたちがふたたびすいすいと泳ぎ始めるころ、ふたりの肩からひょい、ぴょうんっと桜猫たちは飛び降りて、
「あ……もう行っちゃうの？」
　立てたしっぽをふりふり。桜色の毛並みを風になびかせ、にゃおとひと鳴き。だってもうじゅうぶんでしょ？　仲良くね、と言わんばかり。軽やかに歩み去っていきました。
　たしかにそう。水面の映像に思い出をたどれば、距離も心も縮まりました。
「寝子島ならではの、素敵な贈り物。ってところか」
「そうだね。ありがとう」
　ぱしゃ、ぱしゃん。あとには風に波打つプールのしぶきが弾けるさわやかな水音と、あたたかく灯る胸のぬくもりばかりが残されました。

　帰り道を並んで歩く間、ふたりの手はふれあうかかすめるか、けれどきっぱりと離れず、絶妙な間をただよいました。
「不思議な一日だったね」
「ああ。でも楽しかった」
「あの子たちのおかげだね」
「ああ……」
　いいやあおいのおかげだよ、と言いたかったですけれど、ふと口をつぐみました。この心地よい沈黙が、今のふたりにはふさわしいように思えたので。
　動物園の帰りにはしゃぐ子どもの声も遠ざかり、ふたりだけ。こつこつ、リズムをきざむ足音。
　続く未来を、いつもこの距離を保って進むことはできません。少なくともしばらくは遠く離れ、それぞれの道をゆくことになるでしょう。そこには少なからずの不安があり、寂寥だってありました。
　けれどきっと、なんとかうまくやっていけるはず。ひとりではないのですから。
「大丈夫さ……俺には、あおいがいるし」
「……うん」
　だから沈黙の終わりを、修はそんな言葉で結びました。願いを込めて。
「あおいには……お、俺がいるんだから。さ」
「ふふっ。修くん、顔赤いよ？　耳まで真っ赤！　あはは！」
　朗らかに軽やかに弾む彼女の顔を、修は幾度も思い出すでしょう。幾度も救われてゆくのでしょう。きっと、彼女も。
「……また来よう。いつか」
「うん。そうだね、いつか」
　どこかで遠く、二匹の猫がにゃおうと鳴く声がかすかに、たしかに聞こえました。