ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　「我が盟友よ」「あー、ハイハイ」

「数多の試練を乗り越え、我らは遂に『眠れる猫の島』の学び舎を超越せり」

　折河樹の口から今日もなにやら壮大な言葉が飛び出したが彼が背にしているのはただの寝子島中学。彼が纏っているのも中学の制服であるただの学ラン。いまはただの学校帰りである。
「いろいろあったけど俺たちも寝子島中学を卒業するね、って言いたかった？」
　観月光は、今日も今日とて樹の厨二用語を現代中学生言葉に翻訳する。
　左様、と樹は目にかかる前髪をかき上げて、不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……まもなく我らも新たなるステップに昇り進化する時が訪れるな」
「あー、ハイハイ。高校に入学するねーって話ね。あっという間だったなー。秒で過ぎてったわ」
「確かに、時の流れは刹那にして永遠……瞬きする間に過ぎ去った。だが我らの行く手にはこれからも数多の困難が立ちはだかることだろう。新たなる学舎においてもしかとついてくるのだぞ我が盟友・光！」

「だぁから盟友ってなんなのってば！！　ふつうに友達って言いなさいよね！」

　腰に常備のミニハリセンを振り上げて、ビシリと樹にツッコミを入れるところまでが光の日課だ。タイミングも叩く位置もばっちり、ハリセンしばきも手慣れたものである。
　夫婦漫才……と陰では思われているのだが、クラスメイトたちは光のハリセンを恐れて表立っては口にしない。もっとも光としては夫婦になる気は毛頭なく、樹の地位は「わけのわからない事を言う幼馴染」からミリも上昇してはいないのであった。
「はあ、こいつはホントにもう……いったいどんな大人になるのやら」
　呆れ口調で空を見あげると、ひらひらと花びらのようなものが降ってきて、光の手に触れた。

「ハイドウモー」
　今よりも大人びた光と樹が、金のハリセンが飾られたステージに下手から出てゆく。
　二人とも派手な色のスーツと金ぴかの蝶ネクタイで、コッテコテな衣装だ。
　客席は満席で、笑う準備が出来ている顔。
　スポットライトの下に置かれた一本のマイクを挟み、樹と光は観客たちに自己紹介する。
「鉄火丼とー」
「親子丼でございますぅー」

「……だっさ！！！」
　光は唐突に、樹にハリセンを放った。
「何故我が頭を叩くのだ！」
　今の光景は光にだけ見えたもので、樹にはなんのことやらわからない。
「今の何？　あたしたち漫才師になるの？　それにしても鉄火丼と親子丼はないわ」
　『鉄火丼』は樹の小説用ハンドルネームだが、なんだかディスられている。
「貴様の言葉の真意は闇に包まれているが……この花弁に何かしらの因果が宿っているというのか？」
　樹も降って来た花びらに触れてみる――。

　樹は黒い表紙のノートを開き、無心に文字を書きつける。
『――滅界《アビス》。かつて神々の戦争によって崩壊し、終焉の闇に飲み込まれた世界に、漆黒の宿命を背負いし者《アル＝フェルス》が降臨する』
　湯水と湧き出るアイデアを、樹は口に出して零していった。
「激戦の末にあちこち破れた黒い外套を纏った《アル＝フェルス》こと樹が、荒れはてた岩山に佇んでいる。
　垂れこめた暗雲から舞い降りるのは――朽ちし羽を広げつつも不穏な笑みを浮かべる堕天使《アズラエル》こと光だ。
『フフフフフ、かつて神々の戦争で滅んだ伝説の『始祖の血』を引く最後の生き残りか……』
『《アズラエル》！　かつての光の神でありながら、自らの野心で神聖世界を支配し、滅びの運命を企む裏切り者め！　今日こそ我が断罪の剣《デス＝リベリオン》の錆としてくれる！』
『愚かな……貴様こそ我が剣《アポカリプス》の錆となるがよい！』
　対峙する《アル＝フェルス》と《アズラエル》。
　二つの剣は交わり、火花を散らす……！」

「……こ、これは……！」
　樹は思わず右手を見た。別に何の紋章が刻まれているわけでもないが、創作意欲が高まってくるのを感じる。
「盟友・光よ！　そなたは我が宿敵、堕天使《アズラエル》へと転生するのか……！？」
「はぁ？　何言ってるかわかんない！」
　バシッとまたまたハリセンが振るわれる。
「くうっ、さすがだ我が宿敵・光よ」
「盟友とか宿敵とかもういいから。帰るよ、樹」
　光は樹を引きずるようにして歩いていく。こんな日常が、これからも続いていくことを信じて。