ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　ひらひらと花びら

「ただいま」
　卒業式を終えた朝鳥さゆるが帰宅した。そこはシーサイドタウンのマンションの一室で、中はカーテンが引かれてしんとしている。恋人はすでに出勤したらしい。打ち上げパーティに参加した時間はわずかだったが、その間に入れ違いになったのかもしれない。
　さゆるは、別れを告げるようにもう二度と着ることのない制服を脱ぎ、適当な私服に着替える。恋人に出会うまで――すなわち高校時代の半分以上は爛れた生活を送っており、学校も休みがちであった。だから制服に然程思い入れがある訳でもないのだが、それでも脱いでハンガーにかけたら、しばらく眺めてしまうくらいの感傷はあった。
　四月からは大学生兼キャバ嬢となるが、それまでは宙ぶらりんな日々が数日間続くことになる。
　冷蔵庫の中を確認する。……調味料と卵くらいしかない。
　そういえば駅前で北海道フェアをやっていたのではなかったか。
「買い物に行った方がよさそうね」
　さゆるは、ついさきほどまで女子高校生だったとは思えぬ物憂げな仕草で髪をかき上げると、冷蔵庫を閉めて外に出た。

　北海道フェアはそれなりに混雑していた。『ルイベ』という鮭を酒粕で漬けてイクラを混ぜた瓶詰――白ご飯に乗せたら美味しそうだし恋人の晩酌のお伴にもなりそうだ――や、北海道産の野菜――『キタアカリ』や『インカのめざめ』などの名のついたジャガイモ詰め合わせなど――を購入し、ほかの店でもあれこれ買い足して、数日分の食材を入手した。
　その帰り道。
　ひらひらと舞ってきた花びらが、さゆるの手の中に数枚舞い込んできた──。

　大学の講堂。多くの大学生に交じって勉学に励むさゆるがいる。見た目は……高校生のときより若く見えるかもしれない。年相応な雰囲気になって、ちらちらと視線を寄越す男子生徒もいる。授業が終わると十代に見える女性が迎えに来ていた。その人がしゃーっと威嚇するので、男子学生たちはいつもさゆるを遠巻きに見ているだけだ……。

「……ふふ、なにこれ……未来？」
　また別の花びらは――。

　――暗がり。雨と血。男たちの争う声。殴られたさゆるは濡れた地面に横たわり、雨に打たれて空を見上げる。

　……そうよね、私にはこの未来もあった……。

　――華やかなドレスを着たさゆるを紳士たちが取り囲んでいる。女たちは暗い瞳でさゆるを見ているが、そんなのは気にもならない。こんな男たち興味ないから……。

　――おだやかな、とてもおだやかな、リビングでの午后。さゆるは愛する人と猫のように絡み合って眠っている……。

　これらはきっと可能性。必ずそうなるというわけではないのだろう。だが一つ、言えることは――。
「どの未来になったとしても、とりあえず生きてるってことね」