ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～｜リアクション

ハレよ、風吹け　～ぼくらが幸せでありますように～

　寝子ヶ浜海浜公園にて

　寝子高に入学して以来、五年間住んで来た寝子島を歩く。
　声優の卵である落合まゆらは、ぽかぽか陽気に誘われてのんびりと島を散策をしていた。
　久しぶりに立ち寄った店がいつの間にか閉店していて寂しく思うこともあれば、変わらず営業していて店主さんもお年を召しつつもお元気だったりすると、どうかいつまでもこのままあって欲しいと願ったりして……この島での思い出は尽きない。
　この春寝子島アニメーション学院声優科を卒業したまゆらは、四月からは準大手の声優事務所『キャットボックス』に所属し、この島を離れて新たな道を踏み出そうとしている。
　だから今日は、お別れ行脚といった趣でもあるのだ。
　

（もっとも、所属したからと言って仕事が勝手に来るわけじゃないから、
基本的にはオーディションを受けて勝ち取らないとならないのよね）

　そのあたりは、就職したら仕事があって定額のお給金が頂ける一般企業のお仕事とは違うところで、まゆらもすでに今年の秋アニメのオーディションをいくつか受けることが決まってる。
（あたしの人生のうちほぼ四分の一、五年間を過ごしてきた寝子島だけど、次に来られるのはいつの日になるか……めいっぱいこの目に焼き付けておきたい）
　そんなことを思いながら歩いているうち、寝子ヶ浜海浜公園にたどり着いた。
　
「アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ！」
　砂浜で、富士山権蔵――もといフジコ先生が、アホ毛の少女と、嘉渡洲稀跡、そして集まった猫たちにレッスンをつけている。
　飼い猫のシェルとパールを自室に帰してから散策に出た稀跡であったが、猫の集会を見つけて近づいてみれば、まさかダンスレッスンに巻き込まれることになろうとは。アホ毛の先輩に「こんにちは、先輩。２年の嘉渡洲稀跡です……猫、可愛いですね」と挨拶してからほんの数分後でこれである。
　足を縺れさせて転んだ稀跡は、頬を砂に埋もれさせつつ回顧した。
（かつて不思議な夢を見たわ……特急列車の寝台車で、先生や色んな人の力を借りて猫を探した夢……フジコ先生たちはどうしているかしらと、確かに思ったけれど……）
　横たわったまま砂浜に目をやれば、細かな砂粒たちの姿が鮮明に見えてきた。
（石英、輝石、磁鉄鉱、それにサンゴや貝殻、星の砂と呼ばれる有孔虫の死骸……砂浜は自然の奇跡ね）
　と、隣にどさっと、アホ毛の先輩が倒れ込んで来た。
　完全に目を回しているようだ。
「立つのよ、あなたたちッ！」
　フジコ先生の檄が飛ぶ。
「はい、そこのあなたもッ！　ターン100回！」
　ビシッと指を指されたのはまゆらだ。まゆらは一瞬唖然としたものの、よく考えればここで随分ボイス自主練をしたものだったと思い出した。
「よろしくおねがいしますっ！」
　まゆらは勢いよくお辞儀をし、フジコ先生のレッスンを受けた。
　猫たちも頑張っているが――。
「きゅう～」
「みゃう～」
　目を回し倒れ行く猫たち。
「猫さーん！　しっかり！」
　まゆらと稀跡は、アホ毛の少女と目を回した猫たちを撫でて介抱してやった。
「ん？　……何か、光るものが……」
「花びらみたいな光が猫たちから立ち上ってる？」
　そんな気がしたのも一瞬。フジコ先生の指導が飛び、幻のような光の行方から目を離してしまう。
　アホ毛の少女は途中でどこかに姿を消したが、まゆらと稀跡と猫たちは、日が落ちるころまでフジコ先生の厳しいレッスンに耐え抜いたのであった――。