【救出作戦開始！】

「密猟団……あん時のやつらか！」
　桜井 ラッセル、怒り心頭！
「許せねーよな！」
　密猟団を名乗る悪辣な輩が星幽塔、霊界、そして寝子島と世界をまたぎ、暗躍しているのだそう。彼らは各地の珍しい動物や愛らしい赤ちゃんを手当たり次第にかっさらっては、金持ち連中に売りさばき荒稼ぎをしているというのです。
　この日、九夜山の北側、山腹にひっそりとたたずむ放棄されたホテルを見下ろす彼らは、動物たちを手荒く扱いお金もうけの道具とする卑劣な犯罪集団に正しき鉄槌を下すべく、ここへ集いました。なかにはお散歩中に巻き込まれた、デート中に連れてこられてしまったなんて人もいたりしますけれど、ともかくいずれもきりりと眉をつりあげ、やる気十分、覚悟完了。準備バンタン！
「桜井先輩、気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着こうよ。焦ったら足元すくわれちゃうよ……僕もめちゃくちゃ腹が立つけど」
「うん、そうだねぇ。稲積の言うとおりだよぉ」
　稲積 柚春だって、本当は怒ってます。動物たちをさらってこんなところに閉じ込めるなんて！　柚春に同行する形で合流したウォルター・Bも、いつもよりなんとな～く目が据わり気味。かも？
　けれど柚春の手もとから香るフレーバーが彼女自身を、それにラッセルや仲間たちの荒ぶる心をすこしばかり、落ちつかせてくれました。お得意の香りを使って今日は、みんなをサポートするつもりです。
「動物たちを助け出すには、ちゃんと作戦を立てないと。ね、神野先輩。マリエッタさん」
　こくりとうなずいた神野 美野梨とマリエッタ・ラシュリエ。今回の頼もしい作戦立案担当、参謀的立場なおふたりです。
「まずはみんなに、これを渡しておくわ。動物たちの餌と水。それに救急箱。活用すれば道が開ける局面があるかもしれない」
　美野梨が用意した餌は動物の種類に合わせていくつかに小分けされていて、彼らの気を引いたり、あるいは弱っている子に与えて落ち着かせることもできるかもしれません。持ち運びも容易なパウチにまとめられていて、なんともありがたい支給品です。救急箱は言わずもがな、相手が相手だけにケガをしてしまうこともきっとあるでしょう。
　それらを各人に配り、美野梨は作戦を伝えます。
「まずはホテルへ近づくことが第一歩ね。大勢で接近するのは目立つから、数人ずつのグループで行動しましょう。密猟団があたりを巡回しているから、慎重に行動してね。巡回ルートはスマホで逐一共有しましょう」
「ホテルへ近づくことができたら、私のろっこんが役に立つと思う」
　マリエッタのろっこんは、建築物に触れることをトリガーに、その見取り図を脳裏に浮かび上がらせるというもの。建築学専攻の大学院生である彼女がその手腕を発揮すれば、ホテルの地図ができあがるでしょう。
「地図があれば、部屋の構造などから、動物たちが捕らえられていそうな場所にあたりがつけられるはず」
「ええ、その場所を中心に捜索を。潜入は、ろっこんで動物に変身できる人に先導してもらいたいの。桜井くんに万条くんね」
「おう、まかせてくれ！」
　ラッセルは自信ありげに胸を張り、万条 幸次は、
「が、がんばります。俺だって、密猟なんて許せないしね」
　ちょっぴりキンチョー気味。けれど重要な役どころをやりとげるべく、気合十分です。
　美野梨はたのもしい仲間たちを見回して、うなずきました。
「……動物を不正に売買するなんて。きっとひどい待遇やストレスにさらされているはず。必ず助け出しましょう。でも無理はしないで、みんな気をつけてね」
　小さく、おー！　号令とともに、作戦は動き出しました。
　誰が呼んだか、『わんにゃんブヒーがうがうひひーんパオーン大作戦』！　行動開始！



　綾辻 綾花もぷりぷりと、彼女なりの怒りを表現しておりました。
「魔物カフェの子たちも、被害にあっているそうですよ。珪先生」
「うん。ひどい人たちがいるもんだね」
　星幽塔で体験したふわふわもふもふなひと時を思い出してか、早川 珪先生もなんだかムズカシイ顔をしております。それでいて、九夜山の森を歩むにもあたりを警戒し、なにかあればすぐさま綾花をかばえるようなところを常に位置取っている、気配りのかたまりみたいな珪さんです。
　数名のグループに分かれ、森の斜面を下ります。足元は舗装もされておらず木の根が這いまわる土の上、油断するとずるりとすべってしまいそうです。
　少々、すこうしばかり、ドジなところのある綾花はそれはもう、大いに気を付けておりましたけれど。
「わ。わ！」
「綾辻さん！？」
　ずるり。ずずずずず、と数メートルも下へとすべってしまいました。すってんころりんころころころ、といかなかったのは良かった……のですけれど、
「あ、あぶなかったです……。？」
　ぐるるるる。耳もとにうなるような声、そして熱い吐息を感じて、綾花はおそるおそるに振り返ります。
　目の前には、牙をむく大きな犬の顔……が、みっつ。三つ首のケルベロスです！　密猟団は捕らえた動物を調教し、番犬ならぬ番ケルベロスとしてホテル周辺の警備に当たらせているのです。
「……ごくり」
「綾辻さん、動かないで……！」
　張りつめた珪の声。安心してください、動きたくても怖くて動けませんから、なんて伝える余裕もなく。
　ぐわわっ！　三つの口が大きくひらいて、がぶりと綾花を三等分に、
「ケルゥ！　ベリィ！　ロシィ！　そのひとは食べたらいけんですよ！」
　横合いからかけられた声が、綾花を救いました。はっとして斜面をすべり、飛びこんだ珪先生が綾花を抱きすくめてかばいます。
　ぴりりと緊迫する空気。頭を低くして警戒のうなりを上げるケルベロス。
　木々の合間からゆっくり、手をかかげながら顔を見せたのは、倉前 七瀬でした。
「早川先生、綾辻さんを向こうに。お願いします」
「分かった。けど、君は大丈夫かい」
「はい。この子たちは、友だちなんです」
　ゆっくり、ゆっくり。そろりそろりと近づいて……ぽふ、とケルベロスの真ん中の頭へ手を乗せますと、
「よしよし。ベリィ、僕をおぼえてくれてたとですね」
　くうん、とひとつ悲しげな声をあげて、七瀬の手のひらを舐めました。左右の首もつられたように、ぺろぺろぺろ。
「ケルゥ、ロシィもいい子ですね。いい子いい子。捕まえられて、ひどいことをされたとですか？　でも、もう大丈夫ですよ。よしよし……」
　おだやかな表情でケルベロスの頭のひとつひとつを平等に、ていねいになでてやる七瀬。それを綾花と珪が、なんだか神々しい絵画を眺めるような面持ちで見つめておりました。