駅務員さんのユウウツ｜リアクション

駅務員さんのユウウツ

――草壁とシャドウ――

　男――草壁誠也がまず真っ先に行ったのは、自分の能力の把握だった。
　“シャドウ”は、能力は基本的に草壁本人と大差がない。平均的な反射神経と平均的な動体視力、それに平均的な戦術構築力。ただ、筋力だけはリミッターを振り切っていた。

『マア、アレダ、ノウノセイゲンガ、ツウヨウシナイッテコッタ』

　“シャドウ”本人がけたけたと笑いながら言っていたのだからそうなのだろう。
　痛みなどと言った五感に作用する物のフィードバックはなかった。
　草壁の戦意が大きく“シャドウ”の行動力に直結していることに気づいたのは、一人目の声を大にして草壁を罵倒する女のクレーマーに怪我を負わせたときだ。
　復讐を終えた帰路。突然“シャドウ”から暴力性が失せたのだった。子供の様にはしゃいでいたが、草壁が復讐の実感を感じた途端静かになった。

『ショウガナイネ、オレハオマエノストレスカラウマレタカラナ』

　つまりスッキリすれば、“シャドウ”の活動が必要ではなくなるという事らしい。
　そして、自身から３０メートルを超えると稼働に支障を来す。
　さらに草壁の視界から消えると、忽然と姿を消す。数秒のラグを持って、また草壁の近くに現れるというところまでは把握した。
　これは人気がないところでゴミを捨てる男を襲った時に気づいた。一撃では仕留めきれず、男が逃げ出したところで“シャドウ”が追いかけ、草壁自身が曲がり角を曲がったときには“シャドウ”が消えていたのだった。

『オイオイ、アイボウオレカラメヲハナシチャダメダゼ？』

　忠告するように人差し指を立て、左右に振る様は昔草壁自身が格好いいと思っていた仕草の一つだった。
　仕草の一つ一つに昔の自身を彷彿させられ、草壁は恥ずかしいような懐かしいような思いに囚われていた。それが草壁の精神を苛んだ。
　３人目を狙う時は力の発展を考えた。
　自分の背後に“シャドウ”が向かったらどうなるかの実験だ。
　成果は、消えるだけだった。勿論ラグを挟んで再度現れることができた。
　草壁自身がある程度狙った位置に出現させる事も可能だ。
　その成果を携え、草壁は４人目のエモノを白昼堂々狙おうとしたところで失敗するのだった。

「追ってきてるのは何人か分かるか？」

　“シャドウ”を斥候に使い、草壁が報告を待つ。
　路地に身を潜めて、辺りを伺う。
　人気はなく、大人数での行動を阻害させるには丁度いい広さだった。

『ン、マア、ゴ、ロクニンッテトコカナ』

　射線を切り、“シャドウ”の姿を視界から強制的に消した後に、再召喚させて報告を聞く。
　草壁は唸った。

「多いな……。この倍は居ると考えていいだろう」
『ダナア。ドウスルヨ？』
「俺がやりたいのはむかつく客への復讐だ。それ以外の奴らに危害を加える気は一切ない」
『アマイナ、アイボウ』

　“シャドウ”が草壁を咎めた。平時の思考なら、草壁も“シャドウ”の言い分に同意するのだろうが、今はこの不思議な力に依る全能感で満たされており、目的以外については心底どうでもいいと思っていた。

『マア、イイケド。ヤムヲエズキガイヲクワエルコトクライ、ユルシテクレヨ？』
「正当防衛は仕方ない。できるだけ無力化してくれ」
『オーケー。マ、ムリダトオモウガナ』
「集団リンチとか、受けたことないしな」

　状況を鑑みても、“シャドウ”が一人で応戦する事になってしまうのはわかりきっていたことだ。
　草壁本人は手を出さない。手を出して仕事に支障が出るのは問題だからだ。
　そして、ついに草壁と“シャドウ”は見つかったのだった。

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