駅務員さんのユウウツ｜リアクション

駅務員さんのユウウツ

　草壁は訥々と語り出した。
　最初はちょっとしたクレームだったこと。
　体調が悪いときについ悪辣な態度を取り、それが最初のクレームになったこと。
　そのクレームが入社当時だ。それからというもの一番最初に狙った女が事ある毎に草壁にクレームを付けてくるようになった。
　人間性を、存在意義を否定されるような暴言すらも甘んじて聞いた。苛立つことは何度もあった。

「違う……。その人は顔が怖いからじゃなくて、誠也さんだけが真面目に話を聞いてくれるから！」

　忍は草壁の話を遮った。
　一方的に忍がその客から言われた言葉を草壁に伝えた。
　それに草壁はやんわりと首を振り、続けた。

「真面目に話を聞くからというなら、何も容姿についての批難はないだろう。
　接客業を生業とする人にとって見た目を気にしない奴はいない。身だしなみをしっかり整え、就業規則から逸脱しないように心がけている。だがな、そいつが言ったのは生来の容姿についてだ。生まれつきの物を否定されるのはどれだけ辛いか分かるか？」

　そんな草壁の言葉に柘榴が大きく頷いた。

「なるほどなあ。確かにその言、わからなくもねえぜ。俺もこんな面だからな。よく誤解を受けるんだわ。
　でもなあ、私怨で人を襲うのはやっちゃいけねぇんじゃないか？　俺にはよ、今のテメェはそのクレームを付ける客以下にしかみえんのだが？」

　核心を突いた一言に、草壁はうなだれるだけだった。
　自覚はあると暗に言っていた。
　ストレイトが唸るように口を開いた。

「なあ、誰か一人でも話をできる人はいなかったのか？」
「いや、誠也さんはなまじっか仕事ができるせいで、頼られることはあれど、頼れる人はいなかったんじゃないかな……。
　でも、後輩が言ってたんだが、自分に嫌なことがあっても八つ当たりをしない誠也さんは尊敬できると、接客態度は残念だけど、駅周辺のスポットの知識なんかは学びたいと言ってる奴もいるくらいなんだぜ」

　そう思っているのは自分であることは忍は言わないでおく。
　多数のアルバイトをこなしている忍は、草壁の行動を見ていることはあっても、直接的な接点があるわけではなかった。
　それでも、草壁を尊敬しているのは確かだ。

「せっかくそうやって、自分の与り知らない所だけど評価されてるのに、暴力に頼ったら全部台無しになっちゃうよ」

　円が辛そうに顔をしかめた。
　そういう醜い事を言って人を追い詰める者がいる事を改めて知った。
　そして、草壁の我慢強さに驚愕した。
　何年も我慢して、ある日突然力を手に入れたなら、こうなっても仕方ないかなとも思ってしまった。

「でも、あなたは優しい人です」

　言葉をつないだのはレティシアだ。
　レティシアは草壁の元に来る前に、“シャドウ”との戦いを見ていた。
　そして、戦っている人たちにたいした怪我がなかったから、こっちにきたのだった。

「あちらで戦っている人たちの殆どが怪我なんてしていませんでした」
「ああ。確かに暴れてるんだけど、端から見たら思いっきり攻撃してるように見えんだけど、全部避けやすいとか、受け流しやすい位置に来るんだ」

　一戦交えてきたストレイトが子細を述べる。

「そりゃあ、俺が狙ってるのは迷惑客だけだからな。他の一般人に危害加えてどうするんだ」

　草壁は事も無げに答えた。
　その答えに一同言葉を失った。
　そして、すぐさま柘榴が豪快に笑った。

「ははっ、なんだよそりゃあ。若い頃の俺と似たようなもんじゃねえか！」

　もっとも、柘榴が似たようなことをやっていたのは学生時代だったが。
　それで気が抜けてしまったのか、草壁の周りの空気が一気に弛緩した。

　暫くの間、どうやれば草壁の接客態度がマシになるかを６人で考えることになった。
　ぎこちない笑みの改善方法。
　もし苛立ってしまったときなんかは、スポーツをしてみたらどうか、など。
　さらには愚痴の一つや二つでも言いたくなったら、酒でも飲まないかなどという提案も出た。

このページにイラストを設定する