こんにちは、不通の日｜リアクション

こんにちは、不通の日

　旧市街の参道商店街。開拓地のシーサイドタウンに利用客を持っていかれつつありながらも、地域密着を重視した集客で踏ん張り続けるこの界隈も、今の異質な世界にあっては、シャッター街以上の不気味さをはらんでいる。誰もいない呉服店、誰もいない駄菓子屋、誰もいないベンチ。ついさっきまで賑わっていた、という温かい気配が残されているからこそ、なお不気味である。

　そんな参道の真ん中に、ポツ、ポツ、ポツ、と、色とりどり多種多様の物が置かれていた。煮干し、青魚、コロッケやメンチといったお惣菜、ガラス玉やアクセサリーも光っている。
　これらを撒いた張本人の佐藤英二は、参道の脇道から今にも猫が飛び出してこないか、警戒しながら電信柱の影から顔を出している。
「！」
　シュッ、と視界に入り込む影に、思わず体が反応する。
「いや、ボン太じゃない」
　飛び出そうとした英二を、御剣刀の長い腕が制した。見れば、まだ成猫の一歩手前といった感じのサバ猫が、煮干しを一本だけ加えて、また脇道へと消えていく。
「他の猫はとりあえず放っておこう。まずはなんといってもボン太からだ」
「うん」
　うなずきながら振り返ると、刀はのんきな顔でハム一房にかぶりついている。
「それ……ボン太用だったんだけど……」
「朝飯食べ損ねてさ」天然無造作ヘアーを掻きながらムシャムシャ。「佐藤も食う？」
「いや、いいよ」
「腹が減ってはなんとやらだぞ。守れるフツウも守れん」
　さらに英二が一言返そうとしたとき、刀の表情が変わる。正面に向き直ると、のっそのっそといった擬態語がいかにもしっくりくる、大きな猫が道路の中央を堂々と歩いている。
「ボン太だ」
　言って刀は身構え、英二はつばを飲む。
　ボン太は食べ物ではなく、アクセサリーに興味を持ったようだ。こちらに山のようにふっくらした背を向けた。
「よし」
　チャンスと決め込み、英二は忍び足で、ボン太へと寄っていく。できれば穏やかに、事を済ませたい。

　ピュー。

　ボン太まで２メートルくらいというところで、口笛を吹く。
「うな？」
　アクセサリーをくわえた、ふてぶてしい顔がこちらを向いた。
「こんにち」緊張のためか、ニッコリ笑顔を作るのに時間がかかった。いや、別にニッコリする必要などなかったのだが、しかしそのせいでタイミングが遅れてしまい、「は」と言い終わる頃には、スサーっとボン太は機敏に逃げ出している。
「待って、ボン太！」
　と叫んだところで、ボン太は待ってくれない。
「やっぱ正攻法じゃ無理か」
　英二の横を刀が抜いていく。英二もすかさず駆け出す。

　そのでっぷりとした巨体からは想像もできない軽さで、ヒョイ、と民家の石塀へジャンプ。
「待ちやがれ」
　刀も跳躍し、両手で挟むようにしてつかみにかかるが、ボン太は石塀の縁をキックし、刀に向かって跳ね戻ってくる。
「いたっ！」
　上向きだった刀の顔面を華麗に踏み台に。体重がズンと首にまで響いた。
「あた」
　さらに追走していた英二の頭頂部も踏み越える。アクセサリーをくわえたまま、ボン太は走ってきた道を引き返し、脇へと消えていった。
「くそーさすが野良猫のボス張ってるだけあるな」
　顔に引っ掻き跡をつくりながら刀。
「次はこうは行かせないよ」
　恨めしそうにボン太の消えていった曲がり角を見ながら、英二も決意表明した。