こんにちは、不通の日｜リアクション

こんにちは、不通の日

　寝子島漁港では、騒がしさとほのぼのさが共存していた。

　桃川圭花は加工センターに忍び込むと、保存庫を探していた。異世界だから人などいるわけないのだが、ノリノリな気分で隠密行動を楽しんでいる。
（花の女子高生がこんな生臭い場所、って思うけど）
　魚をすり潰してかまぼこに加工する機械室を走り抜け、ツインテールにメガネの勝ち気な少女はつぶやく。
「正直、猫の扱いは苦手なのよね……」
　保存庫が近いのか、圭花の口から白い息が出る。少し肌寒くもなってきた。
　もちろん、圭花自身は、猫のことが嫌いなわけではない。むしろじゃれられるものなら、じゃれたい。しかしこちらから近づこうにも、大抵相手は自分を好いてくれない。
（だから、追いかけ回したり、ご機嫌とるなんてかなり最悪）
　その点、漁港の猫たちは食べ物を持っている人間になら誰彼構わず群がると聞く。美味しい餌さえ引っさげていれば、待っているだけで猫がワラワラ集まってくるはずだ。
「というわけで、ここよ」
　保存庫へとたどり着く。保存庫というより、巨大な冷凍庫と呼ぶべきだろう。白く重たい扉はいかにも頑丈そうで、ひんやりとした冷気をたっぷりと含んでいる。
　さ、ちゃっちゃとひと仕事やっちゃいましょうか。
「鍵よりもレンチとバール、それでダメならクールでセクシー圭花ちゃん、っと！」
　ご機嫌な自分に気づく圭花。ろっこん「ガレージランド」を発動させながら、この後待ち受けている、猫にわんさかと囲まれている自分を妄想。ワクワクせずにはいられない。
　扉は解体され、極寒の内部があらわになる。このままでは１分といられない。
「配電盤は、っと」
　あった。凍りかけた蓋を開けると、こちらも解体シャットダウン。天井から吹き出していた冷気が停まる。
「これと……あとこれもね」
　ウィンドウショッピングするようにして、凍った加工品を選び取っていく。
「あとは港にあった投光器にさらせば、解凍もすぐでしょ」
　冷凍庫を後にする圭花。珍しい海産加工品を前にしながら、猫たちが狂喜乱舞する姿が目に浮かぶようだった。

　防波堤では、亜魚隈猯利が愛竿を海へ垂らしている。海面に集中する一方で、隣に置いたバケツの中身を気にする視線も感じ取っていた。港の野良猫が、猯利の釣果を狙っているらしい。その中に、テオが話していた電波妨害の猫もいるだろうが、猫と相性の悪い猯利としては、
（申し訳ないが、異変の解決は誰かに任せる）
　という気分だった。普段は漁船に占領されているこの港内で、釣りができるまたとないチャンスを逃すわけにはいかない。狙うは、連日の雨で海水温が下がっているので、メバルだ。
『こんにちは』
　と書かれたスケッチブックを携えた小山内海が、いつの間にか隣にいた。猯利は無言、少しだけ首を縦に動かす。
　海は体の向きを変えると、バケツに興味津々の、少し離れたところにいる猫たちに向けて、スケッチブックを見せびらかす。
（声に出さなくても大丈夫なのかな）
　と猯利が他人事のように思う一方で、
（心から『こんにちは』って思ってあげれば、条件はきっと満たせる）
　と海は信じている。

　果たして、海が携帯を確認してみると、少しだけ電波が回復した様子だった。
　しかしすぐに電波の状況は悪くなる。海が持参したマタタビを嗅ぎ付けて、野良猫たちが一団になってやって来たからだ。この中の数匹が、不通猫なのだろう。
（よし、スケブでも効果があるなら）
　猫の集団に向かって歩き出す海。しばらくすると、スケブを持つ海と、興味はあるが人にはあまり慣れていない猫たちの、追いかけっこが始まっていた。辺りが騒がしくなる。
　ぼんやり眺めていた猯利は立ち上がり、
（船の上から垂らしてみるかな）
　まだ空のバケツを提げて、釣り場を変えることにした。

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