こんにちは、不通の日｜リアクション

こんにちは、不通の日

　キキーッ。

　シーサイドタウン住宅街にブレーキ音が響く。
「猫スポット、発見！」
　恵御納夏朝が立ち止まったのは、マンションとマンションの間にポツンと切り取られたコインパーキング。７割程度車で埋まった場内に、猫たちが点々と、車の上で寝そべっていたり、陽だまりで香箱を作っていたり、ブレーキ音に驚いて耳をピンとさせて夏朝を警戒したり、それぞれの気ままさで優雅な時間を過ごしている。兄弟だろうか、どれも茶トラの毛色だ。
「野良猫に餌付けするのはよくないかもだけど、今回ばかりは仕方ないよね」
　自転車を引いてバーキングの中央へ。猫たちはおおむね、興味津々といったところだ。
「おいで、まぐろ味だよ」
　自転車のカゴに入れたカリカリを手ですくっては、こんもり小山を地面に作っていく。寄ってくる猫たちは周辺の住民に可愛がられているのか、どの子も体がふっくらとしている。人慣れしているようだ。
「こんにちは、こんにちは」
　カリカリをむさぼる猫たち１匹１匹、丁寧に挨拶していく。車の下にいた子たちも含めて、パーキングの茶トラ全てと挨拶することに成功。
「うん、電波が戻ってきたよ」
　電波状況を携帯で確認すると、今度は地図を広げた。見かけた猫に挨拶しつつ、さらには電波状況と地図を照らし合わせていくうち、例の写真家がどんな道を歩んでいるのか、おぼろげながら見えてきた。ほんの数時間前、写真家もこのパーキングに来て、この茶トラたちをカメラに収めていったのだろう。
　再び自転車にまたがる夏朝。写真家の行動を予測しながら、「いかにも猫がいそうな方」を選びつつ、道を進んでいく。猫好きだからこそ分かる感覚だ。
「あっ」
　分かれ道を曲がったところで人とぶつかりそうになり、またけたたましいブレーキ音が鳴る。
「こ、こんにちは」
　夏朝は、桜庭円とにゃーくんを交互に見ながら挨拶した。
「もう挨拶済みだよねぇ、にゃーくん」
　円が人差し指を差し出すと、肩に乗ったにゃーくんが頬をすりっと寄せる。
「こっちの方面は片付いたよ。電波もバッチリ」円が報告する。「お互い、写真家さんの歩いた道を逆方向からたどっていたんだね」
「シーサイドタウン付近はこれでオーケーかな」
「……待って。僕、一カ所心当たりがあるんだ」
「？」
　首を傾げる夏朝。

　にゃーくんが先頭になり、円、そして自転車を引く夏朝が続く。自転車に乗っていた夏朝では、決して気づくことのできない細い路地裏を通る。
「写真家さんなら、この道に絶対引かれたと思うんだ」
「いかにも猫がいそうなところだね」
「そうなんだ。もうちょっとで着くよ」

　細道を抜けた先は、小さな神社だった。
「シーサイドタウンの真ん中に、こんなところが……」
「マンションやビルに挟まれた、猫のオアシス。にゃーくんが教えてくれたんだ」
　にゃーくんが一声鳴くと、神社の軒下から、猫たちが次から次へとあふれ出てくる。
「おいで、みんな。カツブシをあげるよ」
　後木真央からもらったカツブシ粉を与える円。にゃーくんも一緒になってかぶりつく。
「こんにちは、こんにちは」
　夏朝もそれに倣い、カリカリとマタタビを与えながら、挨拶していく。

　全ての猫に挨拶すると、携帯の電波は抜群の感度になった。
「うん、これでこの辺一帯は完了だね！」
　縁側に座り、膝の上の猫を撫でながら夏朝。
「よし、報告しておこう。みんなが見れるかは分からないけど」
　円がねこったーでつぶやく。その後しばらく２人、たまり場で猫たちと戯れる。四方を建物に囲まれた神社の上空には、方形の青い空が広がっていた。

　シーサイドタウン方面の不通猫、解除完了！