レディ・ロゼッタの運命考察｜リアクション

レディ・ロゼッタの運命考察

　浅山小淋の心は晴れなかった。小さな手、細い指先の間には薄紫の招待状。
（怪人セブン……『正義』を叫ぶテロ事件には、『彼』もまた現れたと聞きます）
そして小淋もまた、その場にいたのだ。響く銃声、流される罪なき人々の血、恐怖の時間。小淋は勇敢に立った白い少女――彼女の先輩に当たる芽森菜々緒の姿を思い出す。菜々緒はセブンに複雑な感情を抱いているようだった。過去に助けられたという。かつて正義だったという。しかし今は、そうではない、と。常人には理解できない『正義』によって動き、犯罪に手を染めることも辞さない怪人と、美しい顔に消せない陰を浮かべる画家の娘には何か深いつながりがあるのだ。友人か、親族か、あるいは……。

それに、小淋の疑念を深めてしまう事件がほんの少し前にあったばかりだ。あの出来事を無視して考えることなど、とてもできない。
『女子会の日にち、決まりました。あさってはいかがですか？』
こちらから不審なことは何もしていないつもりだった。かねてより約束していた女子会の予定を話しただけのはずだ。だが、小淋の発言を目にしたとたん、菜々緒の左腕が激しく痙攣し、小淋に向かって飛んだのだ。そのまま細い首をぎりぎりと締め上げる。声なき声が漏れ、スケッチブックが手から落ちる。その音で、菜々緒は我に返った。
「ご、ごめん、なさい……昨日から、腕の調子がおかしいの。重いものを持ったりはしていないのだけれど。大丈夫だったかしら」
こんなにうろたえる菜々緒を見るのは初めてだった。小淋もまた、動揺を隠せないながらもうなずき返す。
「本当にごめんなさいね。予定……まだはっきり決められないから、あとで連絡させてもらうわ」
そう言って、菜々緒は逃げるようにその場を離れた。

　小淋は頭を振って、気持ちをリセットする。
（とにかく今は、これから起こるかもしれない事件についてだけ、考えることにしましょう）
祈るように指を組み合わせ、考えに沈む。"セブンのような男"から逃れてきたという犯罪者の証言では、犯人からは「灯油のような鼻をつく匂いがした」という。
（灯油……シンナーも似たような臭気がします。そのようなものが身近に置かれている環境とは？　工業系や芸術家なら可能性はありますね）
はっと顔を上げ、小淋はおののく。押しやったはずの考えに、再び至りつつあることに気づいてしまったからだ。
（芸術!?　画家の家に生まれ、自分でも絵を描く芽森先輩もその条件には合致します。まさかとは思いますが……セブンと芽森先輩はひょっとして……）
セブンが現れた時期に、菜々緒は転校して来た。セブンが現れた時には、菜々緒が必ず、近い位置にいたではないか？　そしてさっき、彼女が見せた殺意。一度首をもたげた疑念は簡単には消えない。その黒い思いはとぐろを巻く蛇のように小淋の震える心を絡め取ろうとしていた。

「……！」
　わずかな振動と軽やかなアラーム音で我に返る。驚き、はっとした表情をする小淋の口から声が漏れることはなかった。彼女の失われた声は、ただひとつの音も伝えることはない。突然に高鳴った鼓動にどぎまぎしながら、小淋はポケットの中を探った。メールが届いている。送信者は同学年の黒依アリーセだった。
『スイーツ女子会、あさってでよかったかどうか芽森先輩には聞いてみてくれた？　実は他に、少し相談したいことがあるんだけどいいかしら？』
文面を見つめ、迷う。この疑念を、アリーセに打ち明けてみた方がいいだろうか。
（相談したいことがあるのは、むしろ私の方かもしれません）
心を決め、うなずく。小淋はアリーセへの返信メールを打ち始めた。