闇ありて棲み処は澱む＜２＞｜リアクション

闇ありて棲み処は澱む＜２＞

●地下洞窟へ

　縄梯子を降りると湿った闇が広がっていた。
　八神修が点けた松明の灯りが仲間たちの顔を照らし出す。
　松明は、彼がろっこんで分解したハシゴ材に、縄梯子の下部を切除したものを巻き付けてある。物置にあった災害セットの乾電池と保温シートのアルミ生地使って着火すれば、スマホの光源よりも明るい。
「全員いるか」
　各々頷く。
　その中にはこの地下探索から合流した恵御納夏夜の姿もあった。
　

「スマホでここ絡みの配信を見ていたら引き込まれたんだ。事態解決の為、僕も手伝うよ」

　ここは幽霊マンション「Ｙ」の地下。１階にあった黒いドアの先にある穴の真下だ。
　黒めいてむき出しの岩肌が爬虫類の体内を思わせて気味が悪い。
　下りた先には細い道が続いているが修が松明を翳してみても奥までは見通せない。
「地下洞窟、か。不謹慎かもしれないが、元探検部としてはワクワクしちまうな」
　そういってにやりと笑んだ龍目豪は、ここから合流した夏夜にこれまでのことを説明した。

　事件が起きた部屋にいた幽霊たちが、黒い紐のようなものに首を絞められたと訴えたこと。

　その黒い紐のようなものは角のある黒い蛇で、マンションはその黒き蛇たちで満ちていたこと。

　４階の谷守宅で『箭括麻多智（やはずのまたち）』と書かれた古い矛先が見つかったこと。

　箭括麻多智とは常陸国風土記(ひたちのくにふどき)に書かれている夜刀神と戦った豪族の名だ。

「常陸国風土記は奈良時代の書物で、常陸国――今の茨城県のあたりの土地についてや古老の話をまとめたもので『古老（ふるおきな）のいへらく』ではじまることで有名だ」
　修が常陸国風土記について解説を加える。

　曰く。土地の豪族、箭括氏の長である麻多智が西の谷の葦原を切り開いて田を開墾しようとしていたところ、土地のヌシである夜刀神が群れをなして押し寄せ、開墾を妨げてきたという。夜刀神は蛇の姿をしていて頭には角があるとも、その姿を見ると家系が絶えるとも言われ、谷の神として恐れられている存在であった。そんな土地の人の話を聞いた麻多智は怒り、甲冑を纏って矛を手にすると夜刀神を打ち殺して追い払った。

「もしや、これは夜刀神を打ち殺した矛？」
　ビデオを手にした青木学は、谷守家で矛先を見つけたときの映像を再生していた。
　細長い木の葉のような形。緑青の浮いた青銅の、柄をなくした矛先はもともと、五角形したマンションＹの中庭の社で祀られていたと考えられる。そこから何者かが谷守家に持ち込んだのだ。
　谷守家の人々はこの矛先があった寝室で異形と化していた。
　この矛先が異変の原因なのか？
　けれどあのとき、谷守家の霊は、この矛先を守っているようにも見えた。
　学はふと湧いた疑問を口にする。
「それにしても夜刀神はどうしてここに？　ここは常陸国じゃない」
　それについて修が推察を述べる。
「谷や湿地のことを谷地（ヤヂ）あるいは、ヤツともいうね。蛇の姿をした夜刀神は奈良時代の常陸国にだけ存在したあやかしというより、迷信深かった昔の日本人にとって共通の、谷や湿地のヌシのイメージだったんじゃないだろうか」
「時代も土地も違っていても夜刀神はいたってこと？」
「今でこそ地面はコンクリートで覆われているが、つい昭和のころまではもっと谷や湿地が多かった。今の俺たちが知ってるくらいだ、奈良時代も鎌倉時代も明治時代も神話は語り継がれ、各地に夜刀神と呼ばれるようなヌシが生まれたとしておかしくない、と俺は思う」

「少なくとも私たち、見ちゃったものね」
　白真白の脳裏に浮かぶのは、おぞましい黒くて角のある蛇の群れだ。
　真白は餅々きなこを振り返る。
　きなこは皆の背後にふわふわと浮いていた。
「きなこちゃん、まだ『イヤなにおい』は感じる？」
「ここのほうが、においはつよくなってるよ」
　この先には絶対何かがある。
　齢６９９才の幽霊のきなこが『イヤなにおい』と表現するナニカが。
　きなこが幼くして幽霊になった理由と関わりがあると思われる『におい』。
　それは時を経て、谷守家はじめ他の幽霊マンションＹの事件とも繋がっているに違いない。
　