希望＜ネガイ＞が現実＜ホント＞になるところ。それがらっかみ！｜リアクション

希望＜ネガイ＞が現実＜ホント＞になるところ。それがらっかみ！

　猫鳴館の一室。色褪せた畳の上に邪衣士はごろ寝をしている。掛け布団の代わりに熊の毛皮を被せていた。
「静かだ」
　仰向けから横向きへと変わる。薄汚れた窓から淡い光が差し込む。
「晴れか」
　畳に手を突いてゆっくりと身を起こす。適当に髪を弄って立ち上がると部屋を出た。
　一歩毎に床が軋む。一部には木の板が打ち付けられていた。踏んでも抜け落ちることはなかった。
　士は半開きの扉を抜けた。囲まれた木々の向こうに細切れのような空が見える。
「青いな」
　改めて猫鳴館と向き合う。古い木造の建物は有志の手によって悲惨な状況から脱していた。
「悪くない」
　眺めながら周囲を回る。懐かしい記憶が込み上げてくるのか。立ち止まっては頷き、そうだな、と呟いて優しい眼差しとなった。
　士は玄関に戻ってきた。
「世話になって二年か」
　視線を下げた。腕組みをして考えに耽る。
「……恩返しをしたい気持ちはあるが」
　具体的な案が出て来ない。出るのは溜息だけであった。
「付喪神のような姿であれば」
「何をしてくれるの？」
　士は横を見た。小柄な女性が見上げる姿で立っていた。
「誰だ？」
「猫館鳴（ねこだてめい）だけど」
「前髪は切り間違えたのか」
「違う！　元々が左斜めなの！」
　白い頬が僅かに赤くなる。血色の良い唇とはよく合っていた。
「その名前、アナグラムになっているのか。それにしても若いな」
「付喪神としては十六年だからね」
「俺より年下になるのか」
　複雑な心境で鳴を見つめる。
「茶色の作務衣を着ているが、女性の認識で合っているか」
「その質問は減点だよ。こんなに可愛いのに」
　猫目を細めて笑うと右頬にえくぼができた。
「それで何かしてくれるんだよね？　二年も世話になったんだし」
「ああ、その話か。美味しいものでも食べに行くか」
「それ、いいね！　お店は任せるよ。楽しみは取っておきたいから」
「案内を俺が……辿り着けるだろうか」
「どういうこと？」
　鳴の声が耳に入らないのか。士は深刻な顔で歩き出す。
「ま、いいけど」
　隣に並ぶと弾むように歩いた。
　坂道を下って道路に出ると士の足が止まった。頻りに顔を動かす。
　鳴は疑わしそうな目となった。
「行く店は覚えているんだよね？」
「もちろんだ。美味しい中華を」
「楽しみが減るよ！　なんで言っちゃうかな～」
　言いながら腹を摩る。目の輝きは尋常ではなかった。
「減ったのは腹ではないのか」
「いいから早く案内してよ」
「そうだな」
　士は緊張した面持ちで一方に踏み出した。最初の信号を右に折れて立ち止まり、迷った末に近くの路地に入った。抜けると左に進んで横断歩道を渡った。目に付いた公園の横手を抜けたところで再び立ち止まる。
「ここはどこだ？」
「どこなのよ？」
「いや、大丈夫だ。無事に和菓子屋に着いた。名物のみたらし団子を食べよう」
「中華じゃないの？　まあ、いいけど」
　士は炭で焼き上がったばかりのみたらし団子を四本購入した。紙の容器に入った物を鳴に差し出す。
「ありがとう。いただくね」
　その場で一本を手に取ると先端の団子を一口にした。瞬間、口を慌ただしく動かす。
「熱くて、もちもちで、甘辛い、ね」
　白い湯気を吐きながら目を細めた。日向ぼっこを楽しむ猫のような姿に士の頬も緩んだ。
「俺も食べるか」
　二人は味を堪能した。
「次はどこに連れていってくれるのかな」
「あれだ。適当に歩いて行き着いたところで」
「楽しいね」
「そうなのか？」
　不安を隠せないまま、士は移動を開始した。鳴はうきうきした様子で後ろ手に組んで弾むように歩く。
「そうだな」
　先程の言葉を言い直す。士は笑みを浮かべて案内した。

　二年分の感謝の気持ちを込めて。