今日も愛すべき『フツウ』の日。｜リアクション

今日も愛すべき『フツウ』の日。

　雨の音を聞きながら、新井いたごはサーフボードをそろっと撫でる。
　魚新の店番をしなければならないというのに、サーフィンに行きたくでウズウズしているようだ。　
　ちらりと妻に視線を投げて、なんでもない風を装いながら話しかけた。
「あいにくの雨だねー」
　様子を伺いながら新井は続ける。
「雨の金曜日ってさ、きっとお客さん少ないだろうからボクちょっと海行ってきていいかな？」
　ガタリ。嫌な音が新井の耳に届く。
　その音の正体を知って、ツツと汗が額から流れ落ちた。
「いやいやいや、サーフィンは雨の日こそ……ああ、はい、ウェイト!!
　とりあえず包丁は置こうかハニー？
　おそれ入谷の鬼子母神とくらぁ、波乗りに行くなんてもちろんジョークだよッ!!」
　カタリ。その音を聞いて、新井はふーと大きく息を吐いた。
　なかなかやんちゃな彼も愛する妻の前では形無しである。
　新井は気を取り直してギターを担ぎ、ひとかき。
　ポロン。
　雨音のような音色に耳を傾け、新井はギターに興じた。
（雨の日だってサーフィンできるんだけどなー）
　そう思ってはいたものの、キラリと光るアイツを恐れて、新井はその言葉を心の中だけに留めていおいた、

「今日は雨かい」
　宇佐見満月は洗い終えた衣服を抱え、窓の外を眺める。
（止みそうにないねぇ。愚弟の部活シャツと姪っ子の白衣、乾くかねぇ？）
　お好み焼きの店・『うさぎ屋』の開店の前に家事を終わらせようと奮闘していた宇佐見だったが、それ以上に弟たちのことが心配らしい。
　その心配はどんどん大きなものへと変わっていく。
（最近変な事件や、物騒な事件が起こってばかりの寝子島だ。あの二人はそんなことに巻き込まれないといいがねぇ……）
　宇佐見は小さくため息をついた。
（考えても仕方ないか）
　少しでも洗濯物が乾くように部屋に干す。
「さ、今日も一日頑張らないとね」
　今日も宇佐見はポジティブシンキング。
　嫌な妄想を振り払い、店の仕込みをはじめた。

　シーサイドタウン、キャットストリートにひっそりと佇むビルの一室。
　そこで芽守健作はストレッチに勤しんでいた。
　黒川探偵事務所。所長不在の小さな探偵事務所だ。
「いっち、に、いっちに、」
　下半身を中心に丁寧にほぐしていく芽守。
「さーて、今日も元気に猫探さなきゃ」
　毎日毎日、猫を探すために寝子島中を駆け回っても余りある体力。
　服の上からではわからないが、実は筋肉質な彼だからこそ成し得ること。
　今まで転職を繰り返してきた芽守だったが、今の仕事（猫探し）は天職なのだろう。
　生き生きとして、依頼メールのチェックをする。
「依頼のメールは……うん、迷い猫、一件追加っと。星ヶ丘か、後で伺わなきゃ」
　新規案件の確認を終えると、事務所裏の、煮干しトラップ定点カメラを確認する。
　そのカメラは煮干しが定期的に補給される仕掛けがついている、猫探しに特化したカメラなのだ。
　早送りで昨晩の映像を確認していくときらりと光るものが。
「ムッ、今のシャム猫はっ！」
　映像を静止する。分厚い迷い猫リストを広げ、流し読みしていく。
「これだっ、シーサイドタウン・シャム猫・白いレザーの首輪・名前はシャロン。間違いない、時間は……、夜中だな」
　今夜、張ってみるか。
　頷く。
「後はいつもの猫達だな」　
　頭の中で予定を組み立て、「よしっ聞き込みに行こう」芽守は雨の街に繰り出した。

「うーん、やっぱり今日も雨かぁ……」
　洗濯物を回し、檜山立樹は小さくため息をついた。
（こう雨が続くと洗濯物が乾きにくいのが難点だなぁ）
　雨自体を嫌うわけではなかったが、日常生活に支障が出るのはやはり困る。
　窓の外を見たところで雨が止むわけでもないのに、檜山は外を見ずにはいられなかった。
　カフェ＆BAR　エルデストで働く彼。
　今日はカフェタイムはお休みをもらっているため、のんびりとしているのだ。
「とりあえず、今日は勉強もかねてお菓子やつまみを作るから……」
　その材料を買うために、足をのばす。
（ついでに寝子島のことをもっと知れたらいいな）
　買い物だけでなく、軽く散歩をしてみよう。
　傘をさし、さっそくシーサイドタウンから順番に回ることにした。
（雨の日の散歩も悪くないな）
　なにか素敵なことが起こりそうだ。
　雨音に耳を傾け、檜山はゆっくりと歩いていく。

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