今日も愛すべき『フツウ』の日。｜リアクション

今日も愛すべき『フツウ』の日。

　毒島柘榴は妻を見送ってから、家事をこなした。
　それから九時になると店を開け、仕事をはじめる。
（今日は喜好のガキが「お手伝い」に来るからな……営業は１８時までだ）
　喜好の面倒を見なければいけないので、「オグン」の方も訓練スペースのみの開放だという。
　カウンターに座って……いる風に見せかけて、空気椅子状態のトレーニング。
　お客が来ない時間はそうして静かに筋トレをしながらニュースを見たり、薬学関係の論文を読んで過ごすのが彼の日課だった。
　お客は来ない。
　柘榴は今晩の献立を考える。
（今日は晩が遅くなるだろうからあいつの分だけ先に作っておいたほうがいいか？）
　料理を考えることが趣味というだけあって、思考はどんどん本格的になっていく。　
（サッと温めればいいものだからカレーやシチューだろうが……ルーはないから、素から作るか）
　メモに材料と手順を書き出す。
「あ、あの……」
　そのとき、本日最初のお客がやってきた。
「あ、いらっしゃい」
　柘榴が声をかけるともじもじとしてうつむいてしまう。
　しばらく待つと、やがて決心したというようにお客は顔を上げた。
「あ、あの！　にゃんだー……ください……」
　勢いよく話しだしたが尻すぼみになっていく。
「Ｇ？　Ｈ？　Ｚ？」
　オリジナルサプリメントのにゃんだーシリーズはその怪しさで一部のあいだで有名らしい。
「あの、その……」
　言いにくそうにしているあたり、アレなのだろう。柘榴は「カカ！」と笑った。
「手前の棚の上から二番目のだ」
「あ、ありがとうございます」
　お客は目的の品を購入し、意気揚々、去っていった。
（今夜、がんばれよ）
　柘榴は心の中でエールを送る。
　お客が購入していったのは『にゃんだーＨ』。
　『元気』になるためのちょっと特殊な滋養強壮剤だった。
　お客が帰っていくと、再び柘榴は筋トレ×料理考案に勤しんだ。

　午前十時。
　円城徹は夢から目覚めた。
　金曜は夜の仕事が増えるから、遅番。つまりお仕事は午後から。
　そのためにいつもより少し朝はゆっくりとすることにした。
　ということを円城は思い出した。
　歯を磨き、服を着替え、（ブランチと洒落こもう）今からの予定を立てる。
（美味いと噂のお好み焼き屋にでも行ってみようか）
　仕事柄、お客さんに美味い店を聞かれる事が多い彼はリサーチがてら噂のお店へ行くことに。
（名前は確か『うさぎ屋』だったかな？）
　タクシーに乗り込むと休憩中を示す『回送』表示にし、円城はアクセルを踏んだ。
「おっと、随分と飛ばしてるな」
　うさぎ屋は少し路地に入ったところにあるため、道を探しながら円城が運転していると、配達中の西野町圭吾とすれ違った。
　勢いよく通り過ぎていった西野町とうふ店と書かれた車。
（豆腐が崩れないのだろうか）円城は小さな疑問を抱いたが、深く追求せずにそのままうさぎ屋を目指した。

「うう、おはよー……」
　円城とはまた別の理由で――低血圧のため――朝寝していた神野マキナ。
　昼が近づいてきて、ようやく彼女は体を起こした。
「店番、代わるねー」
　ぼんやりとしたままだったが、親と店番を代わる。
　彼女の家は神野文房具店。
　昔ながらのこじんまりとした学生向けの文房具屋さん。
　気さくな彼女はそこの看板娘だ。
　凛々しいその容姿のため男性に間違われがちだが、看板娘だ。　
（雨だし、どうせそんなにお客さんこないよねー）
　元気いっぱい通常運転に戻るまでにはしばらく時間がかかりそうである。
　しかし、幸い今日は雨。
　のんびり、ゆったり神野は店番をするのである。